(まとめ09)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--9--仏教用語のこと
静岡市吉祥寺(http://www.kitijyouji.jp/)の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。
富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、
身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。
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9仏教用語のこと
9-NO1-98
仏教用語のこと 1
いろんな仏教用語が知らぬまに入り込んでいますが、私は「閼伽桶」(あかおけ)なるものを知りませんでした。 こんなことがあったのです、18で坊さんになりまして(昭和43)、19のころでしたかねえ、「こ僧さんや、アカオケをお借りしますよ」と庭掃除の時に言われ、 思わず「はいどうぞ」と言ってから、「ナンだ?アカおけ?」と思って見ていたら、墓地の入り口の水を汲むバケツを持ってお参りに行きましたので「なるほど・・」と解ったのでした。後で先輩に聞いたら、さんざん笑いものにされ暫くはいいようにからかわれていました。
この 閼伽(あか) は梵語の音を写したものだそうですが、清らかな水の意味ということです。仏事には水にまつわる話も多いのですが、永平寺の道元さんには「半杓水」(はんしゃくすい)の言葉が残っています。 意味は、道元さんが使い終わって、まだ「柄杓(ひしゃく)に残った水」を、元の流れに返ししたという逸話です。柄杓の水の一杯や二杯なんかどうでもいいと言えばそれだけのことなんですが、道元さんはその残り水に『ありがたい、もったいない』という印象を感じていたんでしょう・・・。
道元さんじゃなくても例えば、うっかり米俵に腰掛けてしまった水戸の黄門さんが、お百姓のお婆さんに叩き出されて説教をされる場面とそっくりなのですね。 そのお婆さんにとってのお米は大変に『ありがたい、もったいない』ものであったわけですね。 じゃあこのお婆さんが日常でもお米を始め、水も野菜も衣類も蝋燭も竃の灰も何もかもをそっくり同じように『ありがたい、もったいない』ものと感じていたとは言いきれないでしょうが、少なくても『粗末にしてはバチがあたる』という感覚であったことは推測できます。
私らの世界のマニュアルですと『宗教家 道元禅師様は『命』を見出されていらしたのです・・・』となるのですが、私のようなものにはそんな格好良い言い方でなくて『お天道様に申し訳ない、バチがあたる』で充分ですけどネエ・・・・・・・。
今『もったいない』が逆輸入されています。限りある資源、リサイクルも言われてから随分と経ちました。無理せず、格好つけず、見せびらかさず、自分のできる等身大の「もったいない」 でいいですよね。
人には言っている私はどうでしょう?ありますヨ。 冷蔵庫の在庫管理です!!残り物を扱わせたらチョっと自信がありますヨ??いつか、賄いのレシピも書きましょう!
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