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    <title>静岡市・吉祥寺の中野住職が語る「葬式、法要（初七日、四十九日、初盆、新盆）、供養、納骨、お墓、一周忌、三回忌などの仏事のこぼれ100話」</title>
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    <updated>2009-01-22T16:36:50Z</updated>
    <subtitle>800年の伝統を持つ静岡市の吉祥寺の中野住職が、役立つ「葬式、法要（初七日、四十九日、初盆、新盆）、供養、納骨、お墓、一周忌、三回忌などの仏事のこぼれ100話」をやさしく説話するブログです。</subtitle>
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    <title>(まとめ10)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--１０--徒然に　所感</title>
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    <published>2009-01-22T16:32:28Z</published>
    <updated>2009-01-22T16:36:50Z</updated>

    <summary> (まとめ10)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--１０--...</summary>
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        <![CDATA[<p><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="283" alt="jyusyoku_kaku.jpg" src="http://www.kitijyouji.jp/mt/jyusyoku_kaku.jpg" width="199" /></span>(まとめ10)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--１０--徒然に　所感</p>
<p>静岡市吉祥寺(<a href="http://www.kitijyouji.jp/">http://www.kitijyouji.jp/</a>)の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。<br />富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、<br />身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。<br />[Assist by 　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a>　]</p>
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<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>１０：徒然に　所感</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">10-NO1-99　<br />徒然に　所感 1</font> <br />　　突然ですが「 夏草や　つわものどもが　夢のあと 」という有名な芭蕉の句があります。<br />私が山寺の吉祥寺に29で縁があってから20年ほどは、お茶に椎茸・蔬菜を生活の糧としていましたから、草刈をしては茶畑や蔬菜に敷いていましたので、汗みづくになって斜面に踏ん張り、あの独特の草いきれや、土の匂い、まとわりつく名も解らない虫をついつい思い出してしまいます。<br />これは喜び勇んでできる仕事とはいえませんがしかし、その草にもたれて重たい花をいくつもつける山百合にはホットさせられていました。この、山百合はまた、夕方から夜中が一番よく匂い、甘くむせるようなにおいが家の中まで流れてきてそれはイイですよ！！そして、この根っこは暮れになると店頭に並ぶ「ユリ根」そのものですし、イノシシの大好物の一つでもあります。　　ちょっと脱線してしまいましたが、さっきの句と一緒に<br />「 濃き日陰　引いて遊べる　トカゲかな 」という、確か蛇骨？の句を思いだすのです。<br />私はこの両句に、受験用の正解ではなくて、作品の底に共に流れる 『繋がるイノチ』 を感じています。<br />人間が、覇を競い栄華を謳歌するその時にも諸々の 『イノチ』 は満ち満ちてその「ヒトの営み」を取り巻いております、淡々とそのままに・・・・。　そして炎天下のトカゲも、彼のイノチそのものである濃き日陰を彼の腹下にまとい、諸々のイノチのまっただ中を移動しているのです、ひたすらカレのままに・・・・・。<br />妙に重なるんですね・・・・。皆様にはいかが映りましょうか？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">10-NO2-100　<br />徒然に　所感 2<br /></font>　　こんな話を思い出しました。<br />近所では評判の信心深いおじいさんが、ある夏の暑い日のこと、風のよく通る縁側に本来ならば仏壇に祭られていなければならないご本尊の阿弥陀様を持ち出してきて、ぶつぶつ言いながら団扇で扇いでいるところを見た人が思わず声を掛けたそうです。<br />「おじいさん、どうしたんです？阿弥陀さんを マタ そんなもったいない・・・」と言ったら、「いやいや、こう暑くちゃあんな狭い風も通らぬ入れもんの中じゃ、かわいそうでな、こうして涼んでもらっているんじゃヨ」と言われ、「そんな、アンタ・・・・」といってあきれて帰った、ということです。こんな話を聞くと、一休さんや了寛さんを思い出しませんか？四面四角に縛られず一見滑稽だけれど、何とも洒脱な達人の雰囲気ですよね。<br />ちょっと「クサイ？」感じもしますが、この話に隠されている 『自分と自分の信仰の在りよう』 は非常に風刺的ですね。　普通は 私と私のする信仰の対象 は別のものです。これが一緒になると意味も価値もなくなってしまいます。なぜなら『私に無いもの』を信仰とその対象という特異なモノに 『預けて』 初めて意味も価値も成り立つからですね・・・・。<br />信仰も怖いですよ。　一歩間違えばすぐ「狂」がついてしまいます、 だが本人は全く気づかない！<br />そして伝染して強固な集団が出現いたします。集団ができるとその後はこの集団をより大きく拡大しようとして「布教」が始まるのです。　信仰集団の自己増殖ですね、宇宙全体に布教しつくすまで決して止まりません。そしてこの 『塗りつくし多い尽くすこと』 こそが布教の本質であることを知ってください！！<br />よくよく心したいものですね・・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">10-NO3-101　 <br />徒然に　所感など　3<br /></font>　高校野球の時期がやって参りました。これは独特の雰囲気ですよね。<br />ナイターと高校野球とビールが何よりの楽しみな方々にはたまらない季節でしょう・・・・。そしてこの時期になって私の中で必ず思い出されるのが、棚経の手伝いに行った19の時の思い出です。ちょうど坊さんになって1年後ですから、軽い緊張も残っていますが、なんとなく慣れてもきた時ですね。　お邪魔したお宅にはお婆さんがいまして、TVでは高校野球を流していました。<br />挨拶を交わしつつローソクに火を点し、線香を立て更に咳払いまでして、合図を送ったつもりでいましたが、まだTVは止まりません。　「もうそろそろスイッチを切ってもイイ頃だけどなあ・・・・？？おかしいなあ？」と思いつつチーンとお鈴（りん）を鳴らしましたがまだTVはそのままです。<br />ついに我慢できなくなって「すいません、TV止めてもらえます！！お経をはじめますから」と言いましたら、「すいませんなア、死んだ孫が野球やってましてなア、いつも聞かせてますんじゃが、こらえていただけませんかなア・・」と返事が返って参りました。<br />もう何も言えませんでした、ヒア汗がどっと噴出しただけでした・・・・・・・・。　なんともホロ苦い思い出です。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">10-NO4-102　<br />徒然に　所感など　4<br /></font>前に葬儀の時には「真っ白になる」と書きましたが、本当にそうなんですよ・・・。<br />事前に全てシミュレーションしていたプロの私でしたが、師僧が亡くなった時には慣れたはずの車庫入れにバンパーをへこましていますから、なかなかです。また中には、私が「ではお約束どおり明日8日火曜日の10時ごろお邪魔しますね。くどいようですが、お茶一杯ご心配してはいけませんよ。お召し物も普段着でいいですよ」と電話でやり取りして、翌日にお邪魔したら、「お母さんが、どこかから電話あったけど、何処からだったか思い出せない、というので主人が居る時にしてもらわないと困ります」といって玄関先で帰ったこともありました。<br />人は強いところもありますが、また脆く弱いものでもあります。日ごろのようにはまいりません。<br />余談ですけど、涙もろい私は、涙が止まらないと困るのでいつでも事前に々と心の支度をするんですが、<br />時に『冷たい奴だ、理屈っぽい』というように言われます。これも痛し痒しでして、弱いから前もって準備して自分を守ろうとしているだけなんですが、外に現れる表現は逆に受け取られるんですかねエ・・・・。<br />ま、それは置くといたしまして、普段にはあってはいけない「不幸」なんですが、逃げてばかりいればいざという時にそれこそ動転してしまい後悔ばかりをすることになってしまいます。<br />何かのきっかけや、時期が来たら事前にきちんと準備をなさっておかれることをお奨めさせていただきます。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">10-NO5-103　<br />徒然に　所感　5　H20の8／４の静岡新聞の一面に！！<br /></font>　『親が外国籍の子供が 30人 に一人』 という見出しが静岡新聞の第一面に躍っていました。正確には『外国籍ではなく　外国人　』と印刷されていましたが、あえて問題提起のつもりで 外国籍 としましたのでご容赦を・・。　しかしですよ、日本国籍を持った人が例えばアメリカに帰化して米国籍を取得したら、その方は日本人ですか？それとも外国人であるアメリカ人ですか？と意地悪く思うのです・・・・。<br />国際交流がますます激しくなります昨今、ボツボツ私たち一般人も気持ちの切り替え準備をし始めた方がいいんじゃないかと思いますが・・・・・・・？<br />さて、この厚生労働省の調査は一クラスに一人がいわゆる「混血」ですよ、という意味を投げかけています。<br />ついこの間までは、葉隠れ精神や大和魂が云々され、国旗や国歌が問題になり、同時に国際化とか国際人という話題が盛んに取りざたされておりました。その度に不思議な感覚を覚えていたのですが、今日の見出しを見て、改めてその疑念を意識したのです。<br />それは、◎　日本人ってなに？　　◎　国際化・国際人ってなに？　ということなんです。どうか笑わないでください、性格というか変なところが気になるものですから・・・。でも、ここのところをしっかりと押さえ、共有してゆかないと、コトバだけが一人歩きして、いつの間にか歩く道がとんでもない方向に行ってしまうんじゃないかと思うのです。そこで、仏事とは直接関係ないですけど、チョっと書いてみます。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">10-NO6-104　<br />徒然に　所感　6　日本人って？　一<br /></font>　普段は当たり前すぎて考えることもありませんが、少なくても 『ヒトという種の発生以来からの単一民族』 だったと信じている方はいらっしゃらないと思います。<br />前に青森でしたか「三内丸山遺跡」が騒がれましたネ。その後も考古学を初めDNAの関係やら、国外の資料やらを駆使して、総合的に「日本人のルーツ」関連の世界が、随分とはっきりしてき始めたようです。<br />まず「稲作は弥生からで、それ以前は狩猟採取の低めのレベル」と習ったことは、ひっくり返りました。縄文時代にも狩猟採取と平行して既に稲作も行われており、なんと、開墾され食料としての『栗』が栽培されてもいたのです！そして、縄文人 対 弥生人という習慣文化の著しく違ったもの同士は、衝突しつつも「北海道・青森から九州までの広範囲」で技術や文化の交流があったことがわかりました。<br />　ということは源日本人とは、縄文以前から弥生にかけて、北方はシベリヤ方面から、南方はインドネシア方面、そして雲南地方、中国から朝鮮半島を含めたいろんな種族というか民族というか、様々なタイプの集団が氷河期の陸続きに、温暖期の海流に乗って渡ってきた人々だったことが証明されたということになります。つまり 『今の日本人とはそのようないろんな集団の混血の果てに存在している！！』ということです。日本列島は形を変えつついつでもその本体は日本列島ですが、その上に暮らす日本人とは種々様々な人々の習慣・文化の融合の果てにある集団なのであり決して単一民族などではないのですね・・・・。<br />くどいようですが『混血の極み』であって、いまさら改めて混血というコトバさえおかしいともいえるのです！</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">10-NO7-105　<br />徒然に　所感　7　日本人って？　二<br /></font>　不思議ですね、習慣や風習が違えば、食べ物の嗜好も考え方も道徳も違ってきます。その溝は『生理的に』埋められません！！理屈抜きに　『あわない・許せない』　という感覚が生ずる次元に属します。これこそが、民族間の言われなき　憎しみ・差別・嫌悪　の理由なのですが・・・・・・・。<br />しかし、ローマ人が選んだように「異種文化を否定せず、自然に同化させる」方法は既に実験済みで、大ローマ帝国という形で結実しました。また、現在は特にアメリカで「現在進行形」として試練を迎えています。これらのことから私らが学ぶべきことはなんでしょう？　それは権力などによる押し付けと強制などで融合は行われるべきものではなく、この生理的とさえいえる 憎しみ・差別・嫌悪 の感情を乗り越えられるものは、ヒトと人が好意を持てること、好きになれること　、いわゆる『 恋 』　することだと・・・・・学習したいと思うのですがいかがでしょう？？！！。　<br />政治的に意図するとか意図しないなんて小難しいことではなく、一般庶民は「恋」ですよ。「好き」になることなんですよ・・・。これこそが　言われなき憎しみや嫌悪　をもたらす、習慣・宗教の壁を乗り越え、新たな価値観を生み出す、原動力になるんじゃないでしょうか・・・・・・・？<br />勿論この表現は一つの　アヤ　ですよ、誤解しないでくださいネ・・・。<br />単一純潔にあこがれることも解らぬではありませんが、それは悲しい妄想です。歴史に学ぶことは「固執はジリ貧であり、動き止まぬのが真実だ」ということかと・・・・・・・・・・・・？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">10-NO8-106　<br />徒然に　所感　8　国際化・国際人ってなに？</font>　<br />　実に耳に響きのいい、カッコいい言葉です。タイトスカートや背広をビシっと決め颯爽と風を切って歩き、流暢な英語を操り、ジェスチャー豊かにやりとりをする・・・・。そんなイメージが湧くんじゃないでしょうか？　<br />そんな時思い出すのは、かつて学校で聞いた　エスペラント　という言語のことです。どこの国の言語でもないから、どの国の人にもすべて等しく学べ、文化のしがらみがありません、しかしそんな共通言語の夢はいつの間にか消え、現実の経済活動と戦力のバランスは『英語』を国際語としてしまいました。<br />この事実をしっかりと見ないと「国際化」のコトバに踊って足元を掬われてしまいます。現実の　国際人・国際化　とは国境を乗り越えることが目標なのではなく、『国益』を守る為の知識と技術を身につけることだと知ることからしっかりと出発しないとなりません。理想は高く現実はチョっと惨めですけど・・・・・。<br />ところで、洞爺湖サミットを待つまでもなく、今の日本に住む人は全員が、恐らく「環境は国境を越えた問題だ」と理解していると思われます。しかし、地球規模での思考や活動は　国益　が厚い壁となって立ちはだかっています。愚かですが、これを超えるにはまだまだ　時　がかかることでしょう。しかし、8/4の新聞の数字が示すようにヒタヒタと庶民レベルでも変化が出始めています。グっとこらえ、大所高所の視点を保ちたいものですよね・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">10-NO9-107　<br />徒然に　所感　9　日本人と国際化</font>　<br />　私たちは保育園から大学までかかってウラもオモテも学んで参りますが、当然その年齢にあった内容というものがあります。　小学校のうちから「ウソも方便」とか「許容範囲」とかいったことを積極的に伝えることは、穏当とはいえないでしょう。　先ずは判断や感性の「拠り所」を準備しないことには始まりません。いわゆる父母と家族を原点に　家があり市区町村があり国家へと拡大され、いろんな文化習慣・嗜好道徳が刷り込まれてゆくことから始まります。例えばです、イスラム原理主義の両親から生まれた子供がいたとして、そのまま育てばまず両親たちとほぼ同じような価値観や嗜好を持つでしょうし、その子がたまたま生れ落ちてすぐに不幸にも孤児となり、アメリカのプロテスタントの養父母の家庭で育ったらほぼ養父母と似たような世界観を持つでしょう。この当たり前の事実をしっかりと見ておかねばなりません。そして重要なのはその後のことでしょう。　酸いも甘いも噛み分けられ、アヤを理解できるようになってからが、本番ですよね。　そしてこの 『本番』 こそ、純真な時の疑問を再度問いかける時だと思うのです。<br />『人はどうして戦争するの、殺しあうの？』と・・・・。<br />しかし今回は国際化の話ですから、 「なぜ英語でなければいけないの？」 と問いたいものです。　今、北京オリンピックが始まりました。生意気なことを書いてきた私ですが、その私は無条件に『日本人選手』を応援しつつ、オリンピックって国威発揚がその精神だったっけ？？イヤその理念は違ったよね・・？と思っているのです。　これって矛盾もいいところですよねえ！！　まさに『刷り込まれた　業　だナア・・・・・』と感じております。頭じゃわかっても、まだ々遠い　日本人と国際化　です。　いや　人間と国際化　ですね。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">10-NO10-108　<br />徒然に　所感　10　　デジタル化の話<br /></font>　過日いただいたメールの中に 「連日、真夏日あるいは猛暑日が続いておりますが、お元気でいらっしゃいますでしょうか？このところ、東京では豪雨が続いているそうで、今日もマンホール内で作業中に水害事故があったとの報道がありましたが...近年は天候が極端で、自然までもデジタル化 しているのではと思いたくなります。(降ると豪雨、晴れると猛暑)」　というくだりがございました。<br />なるほどその通りだよなあ！さすが、自分でプログラムを操って、未だに定番の ワード を使っていない人ならではの表現だナア・・、と感心しております。<br />俗に 地震カミナリ火事親父 といいますが、天変地異は大昔からままならぬものでした。ところが、たったこの200年の間に私達は地球の環境を激変させ、結果として気象を変えてしまいました。有史以来の出来事ですよね。　しかし喜べません。　マイナスの作用なんですから・・・。<br />どうすればいいのでしょう？　いろんな対応があるでしょう。　無関心　／自分達の儲けだけ考える／　国益優先／保護活動にまい進　／モッタイナイ活動　など・・・・・・。中でも更に 究極の無関心 もありまして、それはこのようないろんな事をひっくるめて 『定め・業』 だからと逃げてしまうこと・・・・であります。<br />しかし一つだけいえることがあります。今日をもたらしたのもヒト、喧々諤々とあがくのもヒト、虚無や無関心もヒト、こんなことを云々しているのもヒトです。<br />原因と結果という果てしない 縁 の連鎖の真っ只中で、　サア 選ぶのは私だと・・・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">10-NO11-109　<br />所感　11　突然ですが、ある質問が入りました<br /></font>&nbsp;　8月のお盆に歩いていた時のことです、初盆のお宅で次の質問がございました。<br />『1周忌前に引越しをするが、1年は喪中というし、転居案内を郵送していいものだろうか？』という内容でした。　　一般的には 年賀の欠礼 はよく目にいたします。そして会葬時に不十分であったお返しを、寒中お見舞いや暑中見舞いなどと共にお礼を兼ねて発送することも行われます。<br />さて今回の質問が出てきた背景は、喪中とその間の制限はどういうものだろうか？という迷いでしょう。因みに<br />転居案内はどういう範囲の方々に送るかと考えてみると、訃報を知らせる範囲よりはるかに広くなりますから今年中に皆さんに転居案内と年賀欠礼が届くことになります。当事者としては 『かえって気を使わせてしまうのでは？』とか 『喪中だから 転居 という行為自体がチョっと・・・？』 と思われてはいやだなあ・・・と考えてしまうことも当然でしょう。<br />しかし、受ける側にしてみると 転居 は日常茶飯の仕事がらみも多く、計画的な決められた予定という範疇のことになるでしょう。　一方葬儀は不確かな不幸であり何時発生するか全くわかりません。従って、転居を知らせずに 『転居の為お届けできません』 となって相手を不安にするよりも、早く知らせてあげるべき情報だと考えられますので、サラっとした挨拶文でお出しになったら・・・と申し上げました。<br />後日に年賀欠礼が届いてもおそらく電話くらいで済むことと想像されます・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p>※Assist by 　株式会社　日本情報処理　＆　池谷和久税理士事務所　URL　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a><br /></p>]]>
        
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    <title>(まとめ09)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--９--仏教用語のこと</title>
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    <published>2009-01-22T16:09:44Z</published>
    <updated>2009-01-22T16:15:44Z</updated>

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        <![CDATA[<p><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="283" alt="jyusyoku_kaku.jpg" src="http://www.kitijyouji.jp/mt/jyusyoku_kaku.jpg" width="199" /></span>(まとめ09)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--９--仏教用語のこと</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>静岡市吉祥寺(</strong></font><a href="http://www.kitijyouji.jp/"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>http://www.kitijyouji.jp/</strong></font></a><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>)</strong></font>の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。<br />富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、<br />身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。<br />[Assist by 　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a>　]</p>
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<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>９仏教用語のこと</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">9-NO1-98　<br />仏教用語のこと　1<br /></font>　　いろんな仏教用語が知らぬまに入り込んでいますが、私は「閼伽桶」（あかおけ）なるものを知りませんでした。　こんなことがあったのです、18で坊さんになりまして（昭和43）、19のころでしたかねえ、「こ僧さんや、アカオケをお借りしますよ」と庭掃除の時に言われ、　思わず「はいどうぞ」と言ってから、「ナンだ？アカおけ？」と思って見ていたら、墓地の入り口の水を汲むバケツを持ってお参りに行きましたので「なるほど・・」と解ったのでした。後で先輩に聞いたら、さんざん笑いものにされ暫くはいいようにからかわれていました。<br />この 閼伽（あか） は梵語の音を写したものだそうですが、清らかな水の意味ということです。仏事には水にまつわる話も多いのですが、永平寺の道元さんには「半杓水」（はんしゃくすい）の言葉が残っています。　意味は、道元さんが使い終わって、まだ「柄杓（ひしゃく）に残った水」を、元の流れに返ししたという逸話です。柄杓の水の一杯や二杯なんかどうでもいいと言えばそれだけのことなんですが、道元さんはその残り水に『ありがたい、もったいない』という印象を感じていたんでしょう・・・。<br />道元さんじゃなくても例えば、うっかり米俵に腰掛けてしまった水戸の黄門さんが、お百姓のお婆さんに叩き出されて説教をされる場面とそっくりなのですね。　そのお婆さんにとってのお米は大変に『ありがたい、もったいない』ものであったわけですね。　じゃあこのお婆さんが日常でもお米を始め、水も野菜も衣類も蝋燭も竃の灰も何もかもをそっくり同じように『ありがたい、もったいない』ものと感じていたとは言いきれないでしょうが、少なくても『粗末にしてはバチがあたる』という感覚であったことは推測できます。<br />私らの世界のマニュアルですと『宗教家 道元禅師様は『命』を見出されていらしたのです・・・』となるのですが、私のようなものにはそんな格好良い言い方でなくて『お天道様に申し訳ない、バチがあたる』で充分ですけどネエ・・・・・・・。<br />今『もったいない』が逆輸入されています。限りある資源、リサイクルも言われてから随分と経ちました。無理せず、格好つけず、見せびらかさず、自分のできる等身大の「もったいない」　でいいですよね。<br />人には言っている私はどうでしょう？ありますヨ。　冷蔵庫の在庫管理です！！残り物を扱わせたらチョっと自信がありますヨ？？いつか、賄いのレシピも書きましょう！</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
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    <title>(まとめ08)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--８--年中行事あれこれ</title>
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    <published>2009-01-21T15:47:04Z</published>
    <updated>2009-01-22T16:07:27Z</updated>

    <summary> (まとめ08)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--８--年...</summary>
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        <![CDATA[<p><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="283" alt="jyusyoku_kaku.jpg" src="http://www.kitijyouji.jp/mt/jyusyoku_kaku.jpg" width="199" /></span>(まとめ08)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--８--年中行事あれこれ</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>静岡市吉祥寺(</strong></font><a href="http://www.kitijyouji.jp/"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>http://www.kitijyouji.jp/</strong></font></a><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>)</strong></font>の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。<br />富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、<br />身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。<br />[Assist by 　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a>　]</p>
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<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>８：年中行事あれこれ</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">8-NO1-87　<br />お盆の時期です A<br /></font>　ちょっとお断りですが、実はこのブログは一度110話まで書きまして、そこで扱った項目別に分類し加筆訂正しながら編集いたしました。その最初の書き出しがお盆時期からだったのです！<br />そこでささやかな思い出として、そのまま出だしを残しましたのでご容赦くださいませ・・・・。<br />第1回目ですから、ついつい肩に力が入ってしまいそうですが、これから「お百度参り」に掛けまして、とりあえず100話を目標に思いつくままに記してみたいと思います。どうぞお気楽にお付き合いくださいませ。<br />ちょうど今は7月のお盆が済み、今度は8月のお盆ですが、田舎にはこの他「一日盆」（ついたちぼん）というものがあるんですね。　時期は7月31、8月1日、2日です。なんでこんなにバラバラなってしまったんでしょう？<br />答えは「農作業の都合」なんだそうです。お経にお邪魔すると「なんで7月8月と2回あって、企業では8月が休みなの？」とよく聞かれますが、お盆の由来を長々と並べて説明するよりも『仏事も生き仏様の都合じゃないですかネエ、年忌法事にしても祥月命日にピタっと勤めることはほとんどできないでしょう・・』と申し上げております。まさに「地獄の沙汰も金次第」というわけです。<br />よく ＜お盆はこうして祭らにゃダメ！＞ と力む人を見受けますが、いつも申しますように『供養にカタチはありません』からもう少し肩の力を抜いていただき、フと気がついたら『ありがとさん！頼むね・・』って手を合わせて見る感じで歩いてゆきたいものだと思うのです。この「仏事こぼれ話」もこんな方向を皆様と共有できることを願って進んで行けたらと思っております。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">8-NO2-88 <br />お盆の時期です B<br /></font>続いてお盆の出来事です。<br />棚経というのがありますね。 お盆の期間内に1軒々お経に廻る行事です。その時に 『チョっと聞きたいけど、ウチのお爺さんは、お盆中はお墓にゃ居ないだかねエ？』というお尋ねが時折あります。これも聞きにくい部類ですね。　どうしましょう？なんと答えたらいいんでしょう？　先ずは初心に帰って頭を空っぽにして考えてみましょう。世間では『あの世・この世、地獄・極楽、霊魂云々』といいますが、本当に逝ってしまった人は決して戻って来て報告してはくれません。戻って口を利いたらエライことですよ！！<br />とにかくこれだけは現時点で誰もが認める事実ですから、見えない・聞こえない世界に関して『アルかナイか？嘘か本当か？』という答えの出ないことはそっとしておいたらいかがでしょう？<br />もちろん中には『見える人や聞こえる人』もいるかもしれませんが、そんな人は限りなく少ないし、現状では客観的な検証が不可能なんですから、やはりソっとしておくことが賢明でしょう。<br />そしてはっきり誰もが納得できることは、『どこに居るのかな？』と思った時や、故人をフト『想いだした』その瞬間には、間違いなく故人はあなたと一緒ですよね・・・・・・・。私は居る居ない等で迷ったりケンカしたりするより、『大丈夫？元気でやってるからね』と語りかけをなさったらとお奨めしています。<br />どうでしょう、少しは答えになりましたかしら？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">8-NO3-89　<br />お盆の時期です C<br /></font>7月8月はお盆月ですから、勢いそのあたりの話題となりますのでお願いします。<br />さて、お盆飾りには定形がありません。<br />かつては、ナスの牛にキュウリの馬を作って飾りましたが、今ではスーパーに行けば、わらで造った牛や馬があり「お盆用品一式セット」となっております。でもこれで驚いてはいけません、棚経にお邪魔するとナスやキュウリどころか、わらの牛や馬の替わりに、なんとスペースシャトルや新幹線が飾ってあるところもありました。これは良いとか悪いというのじゃなくて、『想い』の世界ですから私は宜しいかと思いますが・・・・。いずれに致しましても、我々庶民はしたたかであり創造力や柔軟性に富んでいるんですね・・・。<br />ともすれば 『それは違う！こういうふうに祭らなきゃダメだ』 ということがいつものことですが、原点にはそんな決まりはどこにも無いのです。後で出てきますが、お盆の棚経という習慣も江戸時代に『作られた』れたものですし、飾り方にしてもその雛形は『施餓鬼』という法要の形が流れ出したものなのです。<br />そして、施餓鬼の意味が換骨奪胎されつつ日本人の日常に馴染み溶け込み変化してきたのですね。その結果、日本人のほのぼのとした感性から「ご先祖様が（母さんが・・父さんが・・）帰ってくるから涼しげにお迎えしようネ」という形に落ち着いてきたのでありましょう。<br />ここには、早く楽に帰れるように乗り物を心配し、暑いときだから少しでも涼しく工夫し、口当たりの良いものを準備するという、　『思いやり　気配り　いたわり』が潜んでいるように感じられます。私は、宗教行事云々というよりも一つの 『祭り・イベント』 として文化として、残し引き継いで欲しいと願っております。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">8-NO4-90　　<br />お盆の時期です D<br /></font>8-NO3-89の続きですが、お盆の飾りつけは、『思いやり　気配り　いたわり』の心情が底に流れていると申しました。するといろんな地域で様々な工夫がなされる用になります。勢いその土地で容易に手に入るものや日常の技が発揮された飾りになってくるのも当然でしょう。例えば、飾り壇や祭る台に敷くものは、炭俵や米俵を編む日常がある地域ですと、サトイモの茎や萱（かや）ススキを刈ってきてわざとザっくり編んで敷きますし、もっと簡便には大きなサトイモの葉っぱや蓮の葉を敷いたりします。その上に牛や馬を飾ると共に、飼料として「洗米+賽の目切りの茄子キュウリ」を置き、本命のお精霊様用の供物を飾ります。この 「洗米 + 賽の目切りの茄子キュウリ」 こそが『施餓鬼』の名残でして、本来は牛や馬の飼料ではなく、餓鬼に施す為の「水のこ」なんですね・・・！でもかえって親しみがあっていいと思いますが・・・・・。<br />そして「エ、なんでそんなことするの？」というものが出て来ます。それは、敷物の真上に一直線に竹か荒縄を渡し、季節の収穫物を先取りした、生姜・栗・柿・里芋・ホウズキなどを枝や茎をつけたままぶら下げることです。　？これって「草葉のかげ」を思い出しませんか？このコトバの指す意味は「お墓」ですが、言葉自体のイメージは夏草に見え隠れする墓石の感じですよね・・。<br />こんな仕掛けを編み出したのも、お供えの意味と、ひさしのように囲んでお精霊様をあからさまに晒さないという意味と、上部を塞（ふさ）ぐような思いがない交ぜになっているのだと推測されます。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">8-NO5-91　<br />お盆の時期です E<br /></font>お盆の供養棚の続きです。さっき 『塞ぐ』と言いましたが、結局は 『結界』 の感覚に繋がってゆくのでしょう。年に一度のお盆は、日常では無い特別な「仏まつり」という3日間の祭りです。しかも、日常の生活空間である居間に、仏壇などの結界から移し出してきて祭るのですから、いくら懐かしい『故人やご先祖』でも、そこはどうしても一線を引いておく必要があります。　畏（おそ）れと崇敬（すうけい）です。<br />だからこそ日常と特異な時空を分ける結界が必要となるわけですね。すると、丁寧なお宅でなさる盆棚の四隅に頭だけ葉を残した女竹を立て、荒縄をまわし渡すことも、なるほどとお分かりいただけると思います。<br />故人様方をお仏壇から開放して俗世の日常にお迎えする為には、お精霊様もそっと穢れないように囲ってあげると同時に、我々も遠慮をしてお迎えしなければならないということなのです。<br />ところで皆さん、この荒縄に紙垂（しで）を垂らせばなんと、神事の結界となってしまうことにお気づきですか？なんとも日本人独特の感性ですネエ！！　神といい仏といいますが、理論や教義はそれとして私たち一般人は神も仏も両方ともご先祖に直結した『祖霊』という感覚で受け止められているのです。<br />『こだわりすぎず』 おおらかに受け入れてきた日本の先達たちの包容力を偲ぶにつけ、この頃の世の中の喧（やかま）しさにはうんざりいたしますが、お盆ぐらい私どもに根付いているこの『おおらかさ』に思いを馳（は）せてあやかりたいものです・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">8-NO6-92　<br />お盆の時期です F<br /></font>突然ですが『ガキボトケ』って聞いたことありますか？<br />これは一部地方の造語なんでしょうが、餓鬼と仏がくっついたものかと思われます。この二つは正反対のものですから一緒にくっつけられるわけがありません。しかし、お盆のお飾りの机の下に 「ガキボトケさんに影膳をする」 ということも行われているのです。この影膳をするかしないか？またしても良いか悪いか？と聞かれることがあります。その時には [ この盆棚はお寺で勤める『施餓鬼法要』の流れを汲むので、そこから「餓鬼」というコトバが広がり、苦しんでいるならかわいそうだからという心情から、影膳を置くようになったかと想像されます。しかし、お寺では法要中に餓鬼を呼んで供養するけど、必ず帰ってもらう儀式もセットなんです。ところが皆さんは餓鬼に供えても、この 帰ってもらう 儀式を務められません。すると必ず周りには「そんなことをしていると良くないことが・・・」と言ってくる人がいるものです・・・。困りますよね・・・。ですから、もし迷うのなら中途半端になさらず、ご先祖や故人の供養をねんごろになさり、且つ「どうか全てが 安らかに・・・と念じましょうヨ ] と答えています。世間にはいろんな方がいらっしゃいまして、親切に忠告をしてくださいます。みな微妙に食い違っていますよ、そのとおりに全部執り行うことは無理ですよね。<br />ですから、各ご家庭で無理のないように『家では実家でこうしていたからこんな感じでやろうか』という具合にお祭りし行けばいいのでは・・・・・・・？と思います。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">8-NO7-93　<br />お盆の時期です G<br /></font>お盆の締めくくりとして『送り盆』に触れておきます。　16日はご先祖さん方をお送りする日です。13日の夕方にお迎えしましたから、夕方に送るのが自然な流れなんでしょうが、町内会ではほぼ午前中に「お盆セット一式」を所定の場所に集積して処理するようになりました。一昔前のように川や海に流してしまうなんてことは「環境汚染そのもの」になってしまいますから、様変わりをするものです。こんなところにも時と共に変わってゆく営みが仏事にも反映されてゆくことがわかります。<br />さて、私の住む山寺の田舎では、屋敷の前に青竹を3本組んで皿を置いた上で迎え火を焚き、お盆中は毎晩焚きますが、最後の16日の夕刻には、その青竹を送り火の火で燃やしてしまうのです。<br />青竹ですから、当然「ポーン　々　」とハゼますね。それが暮れなずむ谷あいにあちらこちらから響くのです。8月の16日ごろになりますと萩は満開ですし、ススキが穂を出し初めどことなく秋の気配が出始める頃です。言うにいわれぬ風情ですよ・・・・・・・・。そこで下手な一句を・・・・<br />ハギ散らし　送り火の音　遠ざかり</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">8-NO8-94　<br />お盆の時期です 8月盆が始まりました！<br /></font>　この「仏事こぼれ話」の連載が平成20年7月20日に開始されて以来、書き続けているわけですが、今日が8月2日でして、ちょうど昨日から8月盆の棚経が始まりました。本日も、お邪魔したお宅の中で、さまざまなお尋ねをいただきましたが、その中に<br />○釜の口が開くと聞きましたがなんのことですか？<br />○縁側に提灯を掛けますが、そこから故人が帰ってくるって本当ですか？<br />という件がありましたので、8-NO3-89 ～ 8-NO7-93で書きました「お盆のこと」の追加として記します。<br />▽　釜の口が開く　ということ？<br />　その方がお住まいの地区では 「初盆の仏さんは特別で、1日から『釜の口が開いて』帰ってくるから、迎え火を毎日焚くんだよ」 といわれ、どうしたものか？と迷っていらしたのです。　<br />これを考える時、もっとも大切なことは正誤を云々してはいけないということではないでしょうか。そこをしっかり押さえてから、さっきの内容を点検いたしますと、2重の混同が見えると思います。<br />一つは「釜の口」は「地獄の釜」のことでしょうから、そこから帰ってくるということは、とりもなおさず故人は「地獄から戻る」ことになってしまいます。　これはイヤでしょう！　また決して認めたくありませんね。<br />二つ目は「迎え火を1日から焚く」ということです。お盆は13日の迎え火が一般的です。たまたま、初盆のお宅には近隣縁者のお参りが早くからあるので便宜的に13日からの支度を先取りして一日から用意してあるだけですので、2週間も迎え火を焚き続けることには無理が生じますよね・・・。<br />つまり、『盆と正月の２回の薮入り』と「お盆にはさすがに年に一回だけ、地獄の釜の蓋も開く」という噂が混同され、加えるに「初盆の故人は特別早く帰るんだから、迷わぬように目印の迎え火を・・・」という想いが混じりあって出てきた慣わしかと思われます。おおらかに見れば、思いやりがチョっと行過ぎたかな？というところでしょうか・・・？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">8-NO9-95　<br />お盆の時期です I　縁側に提灯を掛けること<br /></font>　○縁側に提灯を掛けますが、そこから故人が帰ってくるって本当ですか？<br />▽さて、お盆に欠かせない大事なアイテムに 提灯 があります。これも日本の風土が育んだ味わい深い照明器具ですが、各地に特徴的な様々な形があるようです。よく耳にいたしますのは 岐阜提灯／八女提灯 であり、お盆によく用いられるようです。但し、吊るしたり置いたりと色々な組み合わせがありますが、こうしなければいけない！ということは決してありませんから安心してください。<br />要は『故人やご先祖が迷わないように』という想いから出たことであり、同時に提灯の風情や情緒がもたらした、大きな意味での『祭り』を盛り上げ充実させるアイテムだということでしょうね・・。<br />さて、縁側の軒下に掛ける提灯のことですが例えば、お葬式の時の風習に、同じ道を帰らない とか 玄関からは送り出さない ということがありますね。？なぜ？　でしょうか・・・・。<br />答えは「日常では絶対にあってはならないから！」　普段とは違う行動様式を用いるということです。誰でも葬儀という不幸が、日常しょっちゅう起こっていたのではたまりません。しかし認めたくないけど、別れを受け入れなくては！という思いが、日常とかけ離れた、特別な行動規範を用いることで、いつもとは切り離した『非日常』という世界に受け入れがたいコトを閉じ込めてしまうという智恵だということです。<br />同様に、お盆に戻る故人は、いくら懐かしく大事な方でも、日常の正面玄関からお帰りいただくのではなく『特別な出入り口の縁側』が用意され、しかも迷わない目印として掛かられたということなのです。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">8-NO10-96　<br />お盆の時期です J　釜の蓋　補足<br /></font>　ところで、地獄の付くことわざと、極楽の付く諺とどっちが多いと思われます？誰もが嫌いではないはずの「極楽」ではなく、みんながイヤがる「地獄」の方が多いようです。<br />不思議ですよね・・・？というか、「地獄」に象徴されるような世の中を身近に「直感的に・体感的に」嗅ぎ取っていることの裏返しのように想像されます・・・。　△地獄の沙汰も・・・　△地獄に仏　　△地獄の釜の蓋が開く　　など々、確かに 生きる コトはいつでも大変なことの方が多い訳です。だからこそ時折の『極楽・・・ごくらく・・』という至福の一瞬が生きてくるんでしょうけど・・・・・・。<br />そんな世の中で8-NO 8-94で書きました「釜の蓋」のことは、あるなし・うそホントは別にして、「地獄でさえ盆の１６日と正月には過酷な責め苦から一時開放される」だから、奉公人も嫁ぎ先の奥さんも休みをもらって実家に帰ることができる！という『薮入り』の習慣が重なっていたんでしょうね。<br />仏教と一口にいっても、長い歴史の中で様々な習慣や習俗や伝承という文化と融合して参りました。目の前の現象は必ずその奥底に流れる熱い『想い』や純粋な『心情』に由来しています。お盆にまつわるいろんな言い伝えや、やり方も　故人を　想う一念に由来していることに思いを致し、おおらかに受け止めてゆきたいですね・・・・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">8-NO11-97　<br />お盆の時期です K　お盆の　まとめ<br /></font>　色々申しましたが、私が「お盆」に関して色々聞かれたりした最後に申し添えることがあります。<br />▽&nbsp;皆さん、お盆のお供えもこのようにナスやキュウリから新幹線にまで変化して来ました。しかしいつも<br />申しますが「コレ以外は間違いだ！という 『供養』 のやり方というものはないのですね、みんなそのおウチの家風と言うか、母から娘に受け継がれた流れが嫁ぎ先で更に融合変化して形をとっているものです。<br />そしてこれを覆う大きな意味での日本文化と、中間的な地域の習慣が影響をしてきます。<br />想いますに、日本人の感性に流れる「思いやり・つつしみ・恥」というものが、直系の故人にとどまらず「不幸な数々のみ霊よ安らかに・・・」という願いや祈りが鎮魂の意味を込めて、盆踊りや花火という行事に繋がってゆくのではないでしょうか。同時に 祭り という節目を設けて身も心も（身も霊も）リフレッシュしようという大きな智恵でもあるのです・・・・。<br />お盆だからどうしても「お経」をあげなくちゃ成仏しない！　と堅苦しくならないで、　お孫さん共々に夏の風物詩・イベントの感覚で 『なむ　々　しようね』 というふれ合いを大事にしていただければと願いますよ・・・・・　と　。<br />　　　　</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
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    <title>(まとめ07)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--７--葬儀という突然の不幸に備えて</title>
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    <published>2009-01-20T15:37:10Z</published>
    <updated>2009-01-22T15:44:57Z</updated>

    <summary> (まとめ07)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--７--葬...</summary>
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        <![CDATA[<p><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="283" alt="jyusyoku_kaku.jpg" src="http://www.kitijyouji.jp/mt/jyusyoku_kaku.jpg" width="199" /></span>(まとめ07)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--７--葬儀という突然の不幸に備えて</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>静岡市吉祥寺(</strong></font><a href="http://www.kitijyouji.jp/"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>http://www.kitijyouji.jp/</strong></font></a><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>)</strong></font>の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。<br />富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、<br />身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。<br />[Assist by 　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a>　]</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>７葬儀という突然の不幸に備えて</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">7-NO1-82　<br />葬儀という突然の不幸に備えて　1　時代の変化<br /></font>　10-NO4-102の「所感」にも「不幸に備える事前準備」の話が出ていますが、ここでは 『生前予約』について考えてみます。　10年前ですとTVに葬儀屋さんのCMはほとんど見当たりませんでしたが、昨今の東京では山手線を始め電車に広告が出るようになりました。<br />また生保のある商品には「お葬式の・・」という言葉まであり、葬儀や終末への感覚に、どうやら変化が出始めたように感じます。しかし、実際にご自分の最後をきちんと決めてしまえる方はまだ少数ですが、これはまあ仕方ないことでしょう。<br />理屈では「やっておいたほうがいいんだが・・」と解っても、やはり「まだいいや、もうチョっとしたらやるから・・」が実情でしょうから・・・。もしなさるなら、チャンスは身近に見聞きしたり体験せざるを得なかった時です。<br />たとえ、あなたが還暦前でも退職前でも、深く心に響くことがあったら、情報を集めてください。びっくりしますよ、PCの前に座り　「ご自分の住所　・　葬儀　・　安い」　または　「生前予約」　で検索しますと膨大な量が出てきて驚かされます。でも、あきれて投げ出さずに少しずつ見てください、だんだん要点が見えて参ります。　次にそれを書きましょう。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">7-NO2-83　<br />葬儀という突然の不幸に備えて　2　生前予約の3つの意味<br /></font>　これには3っの意味があると思います。<br />◎　一つ目は　普通に　「自分の葬儀を事前に予約する」ことであり、マ、とりあえずどこかの葬儀社の会員やメンバーになておこうかという感覚です。<br />◎　二つ目は　自らの信念や人生観に根ざす、という傾向です。従って、単に「とりあえず」会員やメンバーになっただけでは物足りません。もう少し深く葬儀の内容を調べ、予算や葬儀の規模や骨格まで考えます。当然葬祭業者やお寺関係やお墓やその他色々調べることになります。<br />◎　三つ目は　『自分らしい旅立ち・自らの命の総決算への美意識』 という感覚です。こうなると更に少数派になるでしょうね。しかし、終末医療を考え、子供や孫のことを考えると、どうしてもそこまで行かざるを得ないことになりますが、エネルギーがあることと、各人の個性や傾向に因ることとなりましょう。<br />△　因みに自らの終末医療のことを事前に考えて文書として決めておくことは非常に重要なことなんです。<br />ささやかな体験ですが、私の両親は生前から延命治療をやめて欲しいと口にしていましたが、いざそのときが来て私を始め家族がベットの傍に揃った時、長男であり同居していた私に最終判断がゆだねられたのです。<br />この時ほど『文書があったなら・・・』と感じたことはありませんでした。<br />安楽死を含めた問題は別にして、ほとんどの人が突きつけられる最後の治療に関しては、是非本気で考えておいて欲しいと思います。<br />さて、生前に葬儀の予約や申し込みなどをする時には、多くの場合、この三つが混沌としていて、とりあえずは「会員になっとけば安心かな・・」となります。ところが、ここに落とし穴あるのです。次に書きましょう。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">7-NO3-84　<br />葬儀という突然の不幸に備えて　3　葬祭業者の会員になる時の要点<br /></font>　確かに「会員になっておく」となんとなく安心ですが、その『安心の内容』が中途半端になってしまうのです。<br />（言葉が悪くてすいませんが）業者さんにしてみると、とにかくウチの会員さんとして確保しておけば、ほぼ100％ウチに来るから、事が起こってから、なるべく 『イイ葬儀』 にもっていけばOK、という経営方針になりやすい訳で、突っ込んだ実際の葬儀の内容には あえて 触れません。<br />すると、ここに受け取り方の違いが出てしまうんです。私らは「会員になったから、もう葬儀にはたいした掛かりもないよな・・」と思ってしまいます。ところが、葬儀というものはそんな生易しいもんじゃありません！！<br />コトが起こり 『真っ白になった頭と心』 では、事前に 『会葬者は身内だけに絞るという予定』 も、ご親族や業者さんの忠告などで簡単に吹き飛んでしまいしますヨ！<br />気がついたら「身内だけ20人前後」の心算（つもり）だったのが、50～60人という規模になり、やれお返しだ、会食だと大騒ぎとなるんです。ここに「隣組」が絡むと更にややこしくなってしまいます。<br />何故なら『隣組のしきたり』がうるさいところですと、受付のやり方から葬儀の内容にまで口を挟んできます。上手に処理しないと今度は葬儀後の日常生活にギクシャクしたものが残り大変なのですね。また本来の建前上は、隣組とはお互いの互助精神ですから、香典も￥3,000位です。しかし互助とは名ばかりで通夜葬儀に顔を出すと大声で放談するは、平気で大笑いするは、挙句には精進落しでの飲み食いで騒いでゆきますから、どうしようもありません。ですから、こういうことまでよくよく考えて、どうか「なんとなく安心」せずに、もう一歩「こうしたいけど、どうすればいいか？智恵を貸してくれ。また、経費はどうか？」と必ず確認し、見積もりと祭壇のイメージ写真を確保なさってください。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">7-NO4-85　<br />葬儀という突然の不幸に備えて　4　事前確認のために・・・<br /></font>　私どもは皆様に「明瞭な経費の開示」という方向を謳（うた）っていますが、その時 『平成の野辺送りの為の必須品目は？なんでしょう？』　という表現をいたします。<br />余談ですが、野辺送りというとついつい 新見南吉の「ごん　ぎつね」 が思い出されます。この中で兵十の母親が亡くなり向こう三軒両隣という組のものが総出で葬儀の支度をし、マンジュシャゲの咲く道を歩く葬列が描かれている場面が出てきます。これが「昔の野辺送り」の基本でして、手作りの葬儀でした。<br />当に「互助」であり持ち寄って助け合ったのです。従って、葬家の負担は限りなくゼロに近くなるように工夫されていました。ところがこの平成の世ではそうは参りません。<br />因みに市区町村で、全く身寄りのない方などを手当てする場合には「福祉葬」という形となって、予算化されています。（２-NO２-16　２-NO３-17）　静岡では￥14万弱が支出されています。これにはお線香もローソクも花も何にもありません。（ごん狐　の兵十の時はありますヨ）従ってこれは余りにも厳しくて参考にはなりませんが、一応 人らしく 身内が送るなら、静岡で25万程度がぎりぎりです（勿論ここには事情によって ユレ があります）。当然この中には＜会食も 志も 受け付けも 霊柩車も（市の専用バスが代用です）　看板も　礼状も＞ありませんが、一泊二日で霊安室から送り出せます。私ども 静岡 吉祥寺 ではこの内容をもって『平成の野辺送り』と名づけ、現代の一般葬儀の時の原点としております。決して際限なく何百万も掛かることはありません。ここをしっかりと知ってください、後はご事情に添って納得の行く形に組み上げるということになります。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">7-NO5-86　<br />葬儀という突然の不幸に備えて　5　業者さんも大変なんです！<br /></font>「平成の野辺送り」でぎりぎりの形と経費を見てきましたが、業者さんも大変なんですよ！<br />まず、24時間待機があり、自宅やお寺での葬儀の為に白木の祭壇をサイズごとに何組も保管しておく必要があります。また、さまざまな小物・付属品・故人の写真関係の処理用の機材・何種類もの棺の保管・人員の確保＝人件費ということがあるのです。<br />更に、夜中も日中も関係なく病院や警察にお迎えに行きます。いつでも、いい状態の故人様とは限りませんし、安置してからでもいろんな現場処置も発生いたします。狭い階段や急な角を通る為に故人様を背負うこともあります。<br />また悪質ないたずら電話もあるそうです。経験の浅い宿直者の時にたまたま、「○○病院にいます、お迎えお願いします」と言われ、飛んでゆくと空振りとか・・・。（ベテランは病院の宿直に再確認して出発します）また、「自宅ですが今亡くなりましたので宜しく」といわれて行くと関係ない他所のうちで、こっぴどく叱られたとか・・・（自宅で亡くなったら必ず検死が入ります検案書を問い合わせてからです）。そんなこんなで、やはり「ごん 狐」の時代とは同じに考えられません。<br />どんなお別れの形になさるのか？色々な考え方や想いが交錯いたします。ご親戚の世話焼きに仕方なく押し切られ、後で後悔なさるとか、「最近の傾向はこの位が普通ですよ・・」と言われて後日の清算時にウーンというか・・・・。　どうかよくよく「事前に情報を」お調べくださいませ。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><br />※Assist by 　株式会社　日本情報処理　＆　池谷和久税理士事務所　URL　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a><br /></p>]]>
        
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    <title>(まとめ06)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--６--お寺徒然-寄付,付け届け,檀家-</title>
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    <published>2009-01-19T15:24:43Z</published>
    <updated>2009-01-22T15:35:29Z</updated>

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        <![CDATA[<p><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="283" alt="jyusyoku_kaku.jpg" src="http://www.kitijyouji.jp/mt/jyusyoku_kaku.jpg" width="199" /></span>(まとめ06)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--６--お寺徒然-寄付,付け届け,檀家-</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>静岡市吉祥寺(</strong></font><a href="http://www.kitijyouji.jp/"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>http://www.kitijyouji.jp/</strong></font></a><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>)</strong></font>の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。<br />富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、<br />身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。<br />[Assist by 　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a>　]</p>
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<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>６お寺徒然-寄付,付け届け,檀家-</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">6-NO1-70　<br />お寺徒然　1お寺さんもなかなか・・・！　＜ 組 織 Ⅰ＞<br /></font>　これから書くことは「表現の自由」には触らないでしょうが、チョっと書いちゃってもいいかな？と迷う気持ちもありました。しかし「情報の開示」が進む今日ですし、本当のことはお知りになっておくべきかと思いまして書いてみました。<br />坊さん・お寺と言いますが、一つ々が独立して競争状態にあり切磋琢磨しているのではありません。どこも必ず『○○宗』という大きな組織の末端に所属しています。同時にその末端の各寺院が地域ごとに町内会のようにグループ分けされます。行政や企業となんらそのシステムに変わりはありませんが、加えて葬儀での手伝いによって経済的に結ばれていますから関係は非常に強固となり、地区の大きい寺を中心にファミリーを形成します。大きな寺とは檀家が多く『葬儀の件数が多い＝収入が多い』のであり、周りの寺院を葬儀に『呼んであげる』というチカラを持つことになります。<br />そして、俗に言う「価格協定・カルテル」とは違いますが、『お布施や寄付や付け届け』の、地域単位での 『なんとなく統一化』 が生れますから「高値方向」に安定します。<br />それに対して値段交渉をしてくる檀家さんもほとんどいませんが、もしクレームがあったら 『周りがそうだから、ウチの寺も合わせているだけですヨ、試しに聞いてみたら・・・』　と言えば逃げ道ができるわけです。これは大変居心地のいい仕組みですが、ついつい安定に胡坐をかいてしまい主役であるはずの檀家さんを見下すようになる傾向が発生しやすいことが問題でしょう・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">6-NO2-71　<br />お寺徒然　2お寺さんもなかなか・・・！　＜ 組 織 Ⅱ＞<br /></font>お寺の組織は、言い換えれば、檀家の多い寺＝経済力＝発言決定権力 を頂点に<br />ピラミッド型の命令系統が完成されていると言えましょう。また、もう一つここに付加されるのが 『格式』 です。よく 「ウチの寺は本山直系の○○寺が本寺で開山は△△禅師様だよ」 という自慢話を聞きませんか？<br />お寺は経済力のほかに大学閥のような、それよりもっと強い、師匠から弟子に伝わった流れという親子のような関係でも繋がっていますから複雑です。 更に明治・大正以来お寺同士の縁戚関係さえ発生していることが多々ありますからもっと強固に連携しているといえます。<br />こう見て参りますとお寺が期待されていた『神聖とか聖職とか聖域』という衣の中身は、きれいな言葉に意味されるそのままではなくて、きちんと定義され、整然と理論化された教義をベースにして、縦の命令系統＋経済力＋地域の結合＋格式＋師弟関係＋縁戚関係という、全く身動きの取れない、組織の為のシステムに組み込まれた部品であることが解ります。　<br />これがかつての『葬式坊主』と揶揄された大元であり、独りよがりの布教に酔ってしまい、時代の要求が見えなくなる原因となっているのです。<br />このような内部の実態は皆様もうすうすはご存知なのですが、あえて見てみぬ振りをしていらしたと思います。ですがもうそれでは収まりきらない時代に来ていると思われます。なんとなく今までがそうだったからではなく、ご自身やご家族で納得し、ご自分たちにとって最も合った姿を見つけ出す時ではないかと思うのです。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">6-NO3-72　<br />お寺徒然　3　お寺さんもなかなか・・・！　＜言いたくても言えない＞<br /></font>　前回のようなことを言うと、仏教会からはこっぴどく叱られてしまうでしょうが、自浄作用がなくなったらそこでおしまいですからもう少し言いましょう。<br />このような本山を頂点に組織化されたピラミッド型寺院管理というお寺の組織の発生は、江戸時代に行政の管理監督の為に、生み出された『檀家制度』から始まります。　本当によくできた完璧なシステムですし、　　一般社会となんら変わりませんが、それによって生ずるマイナスも同じように発生してしまいます。<br />マイナス面とは<br />▽　組織の自己防衛傾向の拡大と、保守化、<br />▽　画一化と硬直化、<br />▽　権益確保とお客様目線の欠落化、に直面することになります。<br />斯様な状況を真面目に言えば、いくら現場で悪戦苦闘しても頭の上にある『法要に呼んでくれる大きい寺』の手前、何にも言えないし、出来ないのです。　<br />皮肉に言うと、長いものに巻かれていればなんとなく楽に生きてゆけますからこれでいいんです。<br />そうなんです「良い&nbsp; 悪い」ではなくて、がんじがらめに縛られて身動きの取れないのが現状なのです。そして結局しわ寄せは檀家に向き、「お客様＝檀家や信徒」は蚊帳の外となってしまうのです。このままでイイのでしょうか？良いわけはありません、そこで生まれたのがこのホームページであり企画・活動なのです。<br />どうぞ宜しく・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">6-NO4-73　<br />お寺徒然　4　お寺さんもなかなか・・・！　＜お布施とお経料Ⅰ＞<br /></font>　　皆さんに「お布施とお経料」どちらが正しいですか？と聞けば、ほとんどの方が「お布施」でしょ？とお答えになると思います。私の若かりし頃の話ですが、これがあったのです。<br />ある時法事に行って差し出された袋の上書きを見ると「お経料」と書いてありました。そのときに浮かんだ第一のイメージは「おれは機械か？テープレコーダーじゃないぞ！」という感覚でした。次に顔を出したものは「教義と建前」です。その両方が混ざり合って「すいませんが、これからは『お布施』とお書きください」とキツーく言っていました。今思い出しますとゾっといたします。謝りきれません！<br />施主家では、故人の供養をして気持ちも穏やかになり、ほっとしている場面です。その仕上げというべきところで、若造の私に頭から水を掛けられたようなものでした。<br />親戚関係も居ます。　さぞ切なかったことでしょう・・・・。<br />もし『布施』にこだわるなら、その原点に立ち返らねばなりません。原点とは何か？それは物やお金の多い少ないなんてコトは論外でして、『施す側 と 施される側』 という思い・気持ちを昇華した世界を目指す行為が『布施』の本質なのです。詰まるところ『ありがとう』でも良いことになってしまうのです！！<br />「有難う」はひょうきんな言い方でしたが、『布施』という『行』の本質は日常の経済活動とは全く異質な精神世界なのであり、両方は全く相容れないのです・・・・・！<br />当然、信士だから安い、居士だから高いという世界はありえないのです。ところが現実にはその違いは無視されて『布施＝経済世界＝生活の糧』と混同されてしまいましたのでおかしくなっているのですね。<br />聖なる行為であろうと無かろうと、布施の本質を離れてしまったものなら、変に格好をつけずに『お経料です、儀式執行料です、安心料です』と言ったほうが余程いいのでは・・・・・・・？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">6-NO5-74　<br />お寺徒然　5　お寺さんもなかなか・・・！　＜お布施とお経料Ⅱ＞<br /></font>　住職というのは、宗教法人の社長＝経営者ですから、売り上げを頑張る使命を負っています！そして檀家さんや信者さんとの応対は営業そのもののはずで、これが実態ですね。<br />あえて言うならば 『安心をお受け取り頂き、その対価をいただく』 というサービス業に限りなく近いのです。<br />ところが坊さんたちには 「経営者 とか 営業」 という意識は全く欠落していて、どこまでも『尊い布教行為』なものですから、矛盾から逃れられないのですね。<br />仏教の　布施　は一切の私有物を受け付けませんから、社会の経済原理とは水と油です。それなのにお寺という容れ物も、その番人である住職もどっぷりと経済社会の一員です。このギャップを、見てみぬ振りをしてきてしまったから私ら坊さんは「お経料」にムカつく訳なんですね。<br />どうでしょう、電話もパソコンもお金がなければうごきません、いい意味で 開き直り むしろ現実をしっかり見て受け入れ、本当のことを伝えて選んでもらったらいいのでは？と思うのです。<br />例えば、「戒名には上も下もありあません。しかし社会のしがらみや残されたご家族の思いが強く、今までのような『上』のクラスがご入用なら高額になりますよ、しかし供養の本質に関係ないですよ」と・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">6-NO6-75　<br />お寺徒然　6　お寺さんもなかなか・・・！　＜お布施とお経料　Ⅲ＞<br /></font>　　前回では、最後にきれいなことを並べましたが、現実は多くの皆様の思いの反映が、今までの『布施の本質と経済活動の矛盾』をあいまいにして来たとも言えるかもしれません。<br />人間社会はご存知のようにきれいごとだけでは済みません。全員が約束を守れるわけではないし、解釈にも差があるし、許容範囲もあいまいです。<br />突き詰めれば、正しい金儲けも悪い経済活動も共にグレーゾーンを抱えています。両者を明快に分けられる基準を作り出すことなど不可能と思われます。さらに、私どもはいい意味での「尊厳・プライド」と表裏一体で「虚栄心とおごり」を抱えています。そして、この周りには少々ゆがんだ社会の監視の目もありまして（特に田舎では・・・）、『あそこは代々このレベルを維持しないといけない、だけどオレたちの家は昔から下だからナア・・』と言うような暗黙のプレッシャーです。<br />ある人が「おっさん（お坊さん）、ソリャなあ えばり賃（威張り賃）だわさ」と言っていたことを思い出します。<br />そのようなヒトのしがらみ（業）こそが、『布施の本質と経済活動の矛盾』を隠し、坊さん達を骨抜きにもしてきたのでしょう・・・・。<br />しかし少なくても「お釈迦さん」を引っ張り出してきて生きさせてもらっているなら、坊さんの方から しがらみ を少しでもイイ方向にもってゆく動きをしたいものですね・・・。<br />及ばずながらこのHPが少しでもお役に立てればと思っております。　</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">6-NO7-76　<br />お寺徒然　7　お寺さんもなかなか・・・！　＜お布施とお経料　Ⅳ＞<br /></font>お布施とお経料のおしまいに・・・。<br />托鉢（たくはつ）と言いう言葉をご存知かと思いますが、ご覧になる機会は少ないのではないでしょうか？系統としましては「禅宗」が行うことが多いようですね。<br />饅頭笠（網代笠）をかぶり、黒い衣をまとって鈴を鳴らしながら一軒々お経を唱えつつ廻ります。すると、手に持った入れ物にお金やお米を「布施・喜捨」していただけるのです。<br />了寛さんが かくれんぼ して眠ってしまう話がありますが、これも「托鉢」の途中の出来事なんですね。<br />かつては雲水さんが毎日交代で歩くことが当たり前だったようですが、今では形だけになってしまいまして、年間行事として何回か行う程度になってしまいました。<br />個人的なことですが、20代の頃の雲水時代の托鉢で、足袋を履いてはいましたが慣れない草鞋の紐がすれて痛いし、足の指も千切れるほど冷たかった12月のことが思い出されます。そして今回托鉢のことを書いた訳は次の話を読んでいただきたかったからです。<br />　ある修行道場で定例の托鉢が行われたある日、若い雲水に混じって参加した老師（雲水の教授のような方）の持つ鉢に「お坊さんこれどうぞ！」と言って、ままごとに熱中していた子供が泥の団子と葉っぱを入れてくれました。老師は何の迷いを示すことなく子供の背丈に合わせて膝をこごめて鉢を差し出し、きちんとお経を唱えて有難く歩いて行かれたのです。<br />これこそが『布施』の原点ではないのでしょうか？老師の「つめの垢を」私ども坊さん連中はお分けいただかねばいけませんね・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">6-NO8-77　<br />お寺徒然　8　寄付や付け届け　一<br /></font>　　これもお寺とのお付き合いの中で大いに問題になっているものです。<br />先ず 寄付 という言葉の意味ですが、辞書的には 「公共事業や寺社などに金品を出すこと」 です。会費と違って元来は義務ではありません。 ところが、何時の間にか 『○○寺位牌堂改築寄付』 というような帳面が廻ってきて 奉加帳の一ページには 『総代代表○○　金　100万円』　と記入された後へ記帳するようになっていますからたまったものではありません。　その上、帳面を持って回る各地区の世話人はごく当たり前のように「お宅は位階が上座だから、35万で頼むよ」と決めてかかります、ウンもスンもありません。断れば地域での暮らしやお寺への出入りなどにギスギスしたものが生まれるような気配を臭わせていますから、泣き寝入りするしかありません。そして多くの場合支払い方法は、積み立てや3年分割などのようです。<br />いずれにしましても、ちゃんと話し合いが持たれ、本当に必要なものならまた話は違ってくるでしょうが、「本当に必要」の部分が、住職＋総代世話人グループと、一般檀家とはほとんどの場合食い違っているのですから、陰で不平不満が募るのもしょうがないことです。<br />全ては 『お寺ってなに？』 という原点が忘れ去られて、主人公は一般檀家なんだ！ということを気づくことができない体制・体質であることに原因しているのですね。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">6-NO9-78　<br />お寺徒然　9　寄付や付け届け　ニ<br /></font>　寄付に関してはこんな実例もありました。<br />△　耐震化のために庫裏（くり・本堂に隣接する居住区）の補強工事をしますから宜しく・・・。として始まったのですが、蓋を開けたら「庫裏の立替」になっていてあきれた、というもの。<br />△&nbsp;同じように、庫裏の一部を改装して 「法事の後の会食等に使う会場を造る」はずが、庫裏の立替だった！ <br />△&nbsp;本堂立替や位牌堂改築ということはよく行われますが、終わって落慶披露に出てみると、なぜか立派な庭木や置石や灯篭が境内地に鎮座していた。しかも半端な代物ではなかった。　会計はどうなっているのか？<br />似たような例はきりがないほどですが、結局 は『寺院の私物化・公私混同』 と 『見てくれを立派にして虚栄心を満足させている』　住職と総代世話人が愚かなんですね。日ごろは、社長や会長が会社を私物化してニュースになりますが、宗教法人も全く同じことです。檀家の弱みに付け込みますから、もっとタチが悪いかも知れませんね・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">6-NO 10-79　<br />お寺徒然　10　寄付や付け届け　三<br /></font>　『付け届け』も余りいい意味とはいえませんが（意味は義理で届ける贈り物）、長年の慣習なんでしょうか、盆暮れの年2回ほど「金一封」をお寺に届けることが行われます。金額や強制の度合いなどは地域や各寺院によって多少の違いはあるようですが、この時も 戒名 の時に出ました 位階 によってランク付けがされています。　静岡でのことですがすごい話があるんですよ。<br />今まではお婆さんが主に関わっていたお寺の付き合いでしたが、代替わりしたので嫁いできた若い奥さんが始めてお寺に出向きました。 多少の緊張となんとなく敷居が高いような不安やらを抱えて出かけるわけです。<br />応対に出たお庫裏さん（又はお大黒さんともいいますが、お寺の奥さんのこと）にその場で封筒の中身を改められた上、「おばあちゃんに聞いてなかった？お宅は居士だから、5000円に包み直して」といわれたのです。<br />ショックだったと後で話していましたが、お寺に出向く者は、確かに「義理」もありますが、『先祖が世話になってるから・・・』という 供養 の思いを持って出かけるわけです。受け取る寺院側では『ご丁寧によくお出かけです、本堂に上がってお参りしていってくださいませ、後で一服いかがですか？』という対応をしなくてはおかしいんじゃないでしょうかねえ！<br />愚かです、何にも見えなくなってしまいましたね・・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">6-NO11-80　<br />お寺徒然　11　寄付や付け届け　四<br /></font>　ところで田舎の山寺であります吉祥寺はどうなんでしょうか・・・・？<br />先代から（昭和26年より）寄付を募ったことといえば、茅葺（かやぶき）屋根を瓦に葺き替えた時以外には無いようです。　なんといってもお茶と椎茸が主体のところですし、皆さん地道な暮らしをしている方が多いのですから、住職としてはなるべく負担をかけないように動いて当然でしょう。<br />また、この山寺に町のお寺のような立派な塀をめぐらし、豪勢な客殿を用意してみても映りませんよ。<br />するとよくしたもので、村の方々は逆に心配して陰にひなたに精一杯のことを物心両面で勤めてくださいます。勿体ないことと、先代から肝に銘じております・・・・・。　もちろん中には寄付を募って他所のお寺のように開山堂や位牌堂を造ろうとか、晋山式という大きな儀式をして資格を取り『赤い緋の衣』を着てもらいたいと言う人もいますが、本当に今もこの先もどうしても必要なものなのか？と考えるとNOといわざるを得ません。要はこの寺の置かれている・担っているものは何だろう？何ができるのだろう？というところでしょうか・・・。<br />見てくれではなくて、出発点は『オラ達の先祖が休んでいる寺だから、みんなで・・・・』という思いが自然にかもし出されなくては信頼も何も生まれませんし、必要な存在にもなれないかと思えます・・・。これは　信仰・信心　以前の問題ですねエ・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">6-NO12-81　<br />お寺徒然　12　寄付や付け届け　五　まとめ<br /></font>　寄付や付け届けもそうですが、結局は、お寺と檀家の間の意識の差　が問題を起こしているといえましょうか。　箇条書きにすると<br />△&nbsp;主人公は 檀家 なのに、お寺や住職が偉いと思い違いをしていること。ひいては住職の連れ添いまでが「住職代理」のつもりになって上からものを言ってしまう。<br />△&nbsp;ご先祖の供養を させてもらっている のではなく『してやっていると』と思い込んでいるお寺と住職とお庫裏さんの存在。<br />△&nbsp;住職と一部の檀家が陥っている『外見を立派にして満足しようとする』考え違い、になると思われます。<br />　お寺と檀家といっても、詰まるところ　住職やお庫裏さんという生身の人間と檀家　という人と人の関係です。しかもそこには　供養　という　ココロ　のグレーゾーンが絡んでいます。<br />言葉一つ・態度一つで、誤解も不快も生まれますし、二度と修復できないような精神的ショックすら起こってしまいます。　しかし、お墓を 墓質（人質でなく・・ハカジチ） にとられている檀家さんは出るに出られません。恐ろしいことです。　ここらで、お寺って？　供養って？　戒名って？　本当はなんなのサ・・・・・！！<br />と本当に真剣に向き合って考えなければならないと思いますよ。　　いかがでしょう？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
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    <title>(まとめ05)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--５--いろんな供養の形が許される訳とは？</title>
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    <published>2009-01-18T15:03:27Z</published>
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        <![CDATA[<p><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="283" alt="jyusyoku_kaku.jpg" src="http://www.kitijyouji.jp/mt/jyusyoku_kaku.jpg" width="199" /></span>(まとめ05)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--５--いろんな供養の形が許される訳とは？</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>静岡市吉祥寺(</strong></font><a href="http://www.kitijyouji.jp/"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>http://www.kitijyouji.jp/</strong></font></a><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>)</strong></font>の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。<br />富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、<br />身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。<br />[Assist by 　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a>　]</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>５いろんな供養の形が許される訳とは？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">5-NO1-57　<br />いろんな供養の形が許される訳とは　一　供養って？<br /></font>　静岡 吉祥寺 の活動の中心には、従来のようなお仕着せの『供養』に縛られていては、激変する社会の要望に答えられない！という思いがございます。　そこで先ずはその 供養 を考えてみましょう。<br />さて、一口に言って　供養って一体なんでしょう？　お経を読んでお墓参りをすることだけが　供養　でそれ以外は許されないのでしょうか？先ずは身近な公営墓地や公的霊園を思い出してください。静岡なら沼上や愛宕霊園、静岡霊苑、清水の横砂霊園や興津の霊園であり、志太地区なら藤枝霊園です。<br />いろんな墓石がありますね。 中でも棹石の頭が四角錘で、表面に 奥津城（オクツキ） と彫られた墓石をご覧になられたでしょうか？（又は　奥都城・奥城）数は少ないですが　神道　の墓所なんです。<br />もし、墓参りと線香とお経だけが　供養　なら、このような方々のご先祖は・故人は一体どうなってしまうのでしょうか？　このことからだけでも、供養という本体はいろんな表現が可能だということが理解できますよね。『供養』には二つの顔があります。<br />一つは純粋に仏式を意味する顔。　お寺～墓地～檀家～読経・線香・塔婆　の世界です。<br />二つ目は、供養というコトバに意味される『先祖や故人よ安らかなれ・・・』という、ヒトの止むにやまれぬ心の叫びでありましょうか。<br />この二つ目の意味するところこそが普通の日本人の感覚ではないかと思われますし、翻訳すれば全世界に通ずる人間の想いであると確信いたします・・・。従ってこの『心の叫び』こそが供養の本体であり、決してお経と塔婆とお墓だけに縛られるものでは無くて、　供養　とは定形の無い、いろんな表現が可能だということがご理解いただけると存じます。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">5-NO2-58　<br />いろんな供養の形が許される訳とは　二　お経と供養<br /></font>　５-NO１-57に続き日本中のお寺さんには嫌われますが、皆さんが聞くに聞けなかったことを申しましょう。それは！！お釈迦さんの時代には 読経もお墓（今のようなカロウト式）も塔婆も無かった！！ということです。<br />チョっと考えれば誰でもわかることですね。お経はお釈迦さんの没後すぐに会議がもたれ「生前にはこう言われました」という、まとめが行われ、その約４00年後、今の読経の元となる経典ができました。<br />しかもこの頃までは全て『暗記』です！口から口へと伝えていたのです！（正確さは失われます）そしてお気づきのように、新たな経典は当然お釈迦さんが直接語った言葉じゃありません。しかし 「お釈迦さんが今話されたらこういう内容に違いない」 という見地から製作されています。つまり、100人いれば100通りの　お経　が存在可能だということなのです！！大切なことはその お経 の文字に『意味される』真意をつかむことなのですよね・・・。<br />ヤレ 々 えらいことになりました。　　一体この文章の先には何が待っているんでしょう？ご安心ください、こう考えれば落ち着くんじゃないでしょうか？<br />　一人々が抱える 『心の叫び』 を、それぞれが一番 『納得と安心』 できる表現として、読経を選ぶか、他の儀式を選ぶか、全く宗教儀礼を離れた方法を選ぶかということなんだと・・・・。<br />宜しいですか、『お経を読まなければ成仏できない』のではありません！『お経を読むことも供養という果てしの無い器のごく一部』だということなのです！<br />お釈迦様の教えがそんな『読むor読まない』というようなちっぽけなものであるわけが無いじゃないですか・・・。要はあなたが『後ろ髪引かれないような方向』を選び取って歩かれることかと思いますよ・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">5-NO3-59　<br />いろんな供養の形が許される訳とは　三　供養とお経のまとめ<br /></font>　お経を読まなければ　供養　ができない！のではなくて、　お経を読むことも　供養　という果てしの無い器の一部なんですよ！　　これが　まとめ　となります・・・・・。<br />このようなことはいまだかつて 住職 という立場の者から発信されたことはありません。なぜなら　死活問題　になってくるからですし、その前に余りにも当たり前すぎて考えに浮かぶことさえあり得ませんでした。しかし地球規模の問題が次々に勃発し、未だに無くならない宗教がらみの戦争を含めた悲劇が止まない今日、原点に立ち戻らなければ相変わらずの堂々巡りから抜け出せないと思うのです。小さい声で言いますが、私はこんな世界規模の閉塞状況を何とかできるものは 般若心経の世界観 しかないのでは？と感じているのです・・・。一人で何ができるものか！とあきらめるのじゃなくて、何かをやり始めることでなければと思っていますので、『お経を読んで塔婆を建てて供養しなければ悪いことが起こる』という暗黙のプレッシャーを隠し持って武器とし、人の弱みを穿って稼いでだけいたのではそれこそバチが当たりますよ！<br />私たち坊さんは今こそ自ら本源と向い合い、自らに問い直さなければならないと思われます、『供養とは？お経とは？宗教とは？幸せって？』と・・・・・。<br />また坊さんでなくても、ご自身と故人やご先祖との関わりを、前例に倣ったなおざり型ではなく自ら選び取った悔いの無い生き方としてお考えいただく時期が来たのだと思います。静岡 吉祥寺 のHPを入り口としてご利用いただき、ぜひ安心の日暮をなさって下さいませ。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">5-NO 4-60　<br />いろんな供養の形が許される訳とは　四　檀家のこと イ<br /></font>　次に 檀家 というものをおさらいしましょう。<br />江戸時代にキリスト教が禁じられて以来、必ずどこかのお寺に所属して　檀家　になっていなければなりませんでした。　　そこから現在の 『お寺＝お墓＝檀家』 というシステムが生まれてきたのです。ということは、それ以前は お寺に所属するしない を含めて自由に信仰を選択できたといえます。振り返れば聖徳太子以来、庶民にとっての仏教はいつでも二つの顔がありました。<br />支配者というセレブ専用のものと、現実の生活苦を癒（いや）してくれるものでした。特に鎌倉時代以後はその動きが顕著ですね。　当然仏教が我が国の隅々まで浸透した多きな原動力は各地を遊行して歩いた歴史には名も残らない人々でした。　<br />そして、遊行僧は各地で日本人の『祖先崇拝や荒み霊（あらみたま）への畏怖』などの思いを上手に融合しながら、ご祈祷／供養／葬儀／埋葬 等を通じて『日本的仏教』という形が少しずつ整えられていったものでしょう。　従ってそのような下地の上に江戸時代の『檀家制度』は馴染んでゆけたといえましょう。<br />勿論、仏事を営むのは無料ではありえません、経費の負担が発生しますから、一般庶民が『墓地に埋葬』するようになってゆくのは、江戸時代からということになります。　つまり江戸幕府の施政上の理由から、地域の寺が監督機関となることによって、寺と地域の各家は相互に依存する体制となったのです。　<br />即ち　寺と檀家　です。<br />寺側は収入の安定化を手に入れ、庶民はその対価として安心と地位の確認を得たのです。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">5-NO5-61 <br />いろんな供養の形が許される訳とは　五 檀家のこと ロ<br /></font>　檀家の 檀 はダーナという梵語の音訳で（檀那） 布施・施主 という意味です。<br />「ダンナ　いい肴がアリやすよ！」という威勢のいい掛け声や、だんな様／檀那寺というのも同じ根を持ちます。　つまり、本来なら所属する寺院に対してのスポンサー的立場を表していることになります。　ところが現実は正反対で、スポンサーによってサポートされるはずの寺院の方が強いことはよくご承知の通りです。<br />原因は お墓 と 供養執行者 という二点をお寺が押さえているからですね。５-NO4-60で 「祖先崇拝や荒み霊への畏怖」と書きましたが、供養という儀式は『あちらの世界』と関わることを意味していますから、非常にグレーゾーンな訳です。　コワイわけですよ・・・。<br />またお墓は簡単には移動できるものではないですから、寺院や住職関係者とそりが合わなくて、とてもお経や供養を頼みたくない！と思っても、動くにままならないことになります。もし共同墓地だったなら所属寺院の変更もまだ可能でしょうが・・・。<br />そして「懇（ねんご）ろに、供養いたしましょうね」という言葉に隠された暗黙のプレッシャーはとりもなおさず、『読経しないと悪いコトが・・・・』となっている訳です。檀家制度というものの実際の顔の一つには実はこのような 『墓地使用の許認可権』や『先祖供養をしないと・・・』 という弱みを突いた集金システムという意味があるといえるのです。まあ、バブル前くらいまではなんとなくこれで収まってきたのですが、さすがに昨今では 『近くていいんだが、檀家として取り込まれるとリスクが大きすぎる、子供たちがかわいそう・・』 というようになってきたのです。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">5-NO6-62　<br />いろんな供養の形が許される訳とは　六　戒名のこと イ<br /></font>　江戸以来の 『檀家制度』 という安定化したシステムによって生活基盤が保障された寺や坊さんの姿勢は大きく変わってゆきます。　江戸以前の庶民に溶け込んでゆく仏教とはまた違った意味での世俗化というか虚飾化でありましょう。　その原因の第一は、戒名の上下に付く 『位階』 によって上中下の差異を設けたことです。これは、本来の仏教とは正反対の 差別と虚栄心 を助長させて行きますが、しかしヒトの本源的な仕組みに直結していますから、日常生活での 「あのウチは資産家だから、あのウチは格式があるから」 という世界と同調して、見事に溶け込みました。<br />つまり、差異によって寺院は収入を増やし、檀家は地位の確認と娑婆の満足を得ることになったのです。これは寺院にとっては楽ですよ、努力や競争・工夫や開発といったことをしなくたって、奉られ・上座に座ってお布施にありつけるわけですから・・・・。でも、家長制が壊れて核家族化が進み、本家分家が希薄化し一箇所に定住する確率が減ってきた昨今になってようやく、 コレって変じゃないの・・・？ という流れができてきました。<br />△　エ、なんで死んでからも差別があるの・・・？<br />△　一番安いのにしてください、エ　ダメなんですか・・・？<br />△　なんで　生前の名前じゃ（俗名）いけないんですか？　<br />という問いにきちんと答えなくてはならない時が来たのですね。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">5-NO7-63　<br />いろんな供養の形が許される訳とは　七　戒名のこと　ロ<br /></font>　ほとんどの場合、亡くなったら戒名を付けなくちゃいけない！というほど戒名は日常に馴染んでいますが、これは大変なことなんです。　なぜなら実は 戒名 はインドにも中国にも無かったのです、日本だけのものといって良いくらいなんですから・・・・。<br />詳細は煩雑になりますから省略しますが、位牌に書かれる戒名は&nbsp; ○○△△ という四字と、その下につく格差を表す二字の 位階 からできていますが、これは日本だけだったのです。<br />例　　正峰慈徳 信士／上座／居士　というように・・・。<br />そして一番の誤解はこの『格差文字』も戒名だと思われていることなのです！戒名の本体は○○△△という四字（正峰慈徳）だけなのであり、下の『格差文字』は 『お土産』 みたいなものなのです！宜しいですか、戒名に格差や上下は無いのですよ・・・・・・、しっかりお腹に納めておいて下さい。<br />もう一つの誤解は、死んでから つける　という思い違いです。<br />元は　坊さんになった時（出家）最初に師僧から貰う名前でして、今後の修行への覚悟と意気込みを意識させる、節目としての意味があるわけです。その後、何年か後にやはり師僧から追加の二字の号をいただいて合計四字となっているのですし、また『生前』に付いている・持っていることが当然なのです・・。<br />そんなことを踏まえて、坊さんになる儀式に余りこだわらず、出家という枠をゆるくしておおらかに受け取れば、坊さんでなくても人生に新たな意味と生きがいと生き方を見出した方が 『生前戒名』 を持つことはとても意味深いことと言えますよね。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">5-NO8-64　<br />いろんな供養の形が許される訳とは　八　戒名のこと　ハ<br /></font>　わが国に戒名がすんなりと定着してきた理由には、成仏する為の重要な 『呪』 というアイテムなんだという意味と共に、節目・区切り としての意味で 節度や潔さ を尊ぶ日本人の文化があったからでしょう。<br />また同時に、武道／華道／書道などに象徴される 道 という独特の美意識や考え方の故かと思います。<br />ただの技術や趣味という次元でなく、内面に深く関わり、人生観や生き様を見出してきたという、感性と美意識であります。同時にそこは 師から弟子 へとコトバを超えて伝わる世界でもあります。かような精神世界は、物理的・情感的・刹那的満足と違い、大変に深い充足感を伴っています。師から認可される証としていただく 号や屋号 はまさしく受け取るヒトの命そのものといえるのです。<br />人生・生き方そのものの象徴と言ってよいものでしょう。<br />どうですか？この『号や屋号』に 戒名 と重なるものを感じませんか？たとえ誤解によって　死後の専用のもの とされていても、そこに観たものは　節目と生き様 を読み取り、安らかなれ・・という切なる願いがあったと思われます。戒名に隠されたこのような想いや感性を観る時、ご自分の生き様を今のうちに自らしっかりと『生前戒名』に刻んでみてはいかがでしょう・・・・？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">5-NO9-65　<br />いろんな供養の形が許される訳とは　九　戒名のこと　ニ<br /></font>△　エ、なんで死んでからも差別があるの・・・？という疑問が５-NO4-６０で出て来ましたが、このような不平や疑問に、　正峰慈徳　という仮の戒名を例として考えてみたいと思います。<br />既に書きましたように、インドにも中国にも今の日本で用いられている形での戒名は無かったこと、また、日本で定着した 正峰慈徳 という四字の純粋な戒名自体には、全く上下も無いし差別もないこと、がはっきりしたと思います。しかし、その本来の自由平等な円卓であるべき世界に、ヒトの性（さが）として忍び込んだものが、この四字の上下に 『お土産』 をつけて『差別化』を計るという方便でした。<br />例えばお寺を建立するような一番のスポンサーには　院殿号を上に付け、下には大居士を付けるのです。すると 永久院殿 正峰慈徳 大居士 という大層な形が出来上がりまして、寺院の収入は大いに増えますし、大檀家は 『さすが、すごい、エライ、』 と虚栄が満足されることとなります。両方にとって非常に結構なやり取りが出来上がったわけですね。つまり、純粋な 戒名 の本体である 正峰慈徳 が娑婆のしがらみとドッキングしたことによって拡大解釈され、上と下に付いたお土産を含めたものを、『戒名』と言うようになってしまったのです。結果 『死んでからも差別があるの・・・？』という疑問が発生することとなったのです。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">5-NO10-66　<br />いろんな供養の形が許される訳とは　十　戒名のこと　ホ<br /></font>△　一番安い戒名にしてください、エ　ダメなんですか・・・？という疑問も理解できてきますね。<br />さっきのように個人でお寺を一ケ寺建立できるような人はごくまれですが、それより小ぶりな支払いなら平気だよ、という方は結構ありまして、まあ￥100万から￥300万くらいが目安になるようですが、院号を付けたいと希望する人がいます。すると　覚雲院 正峰慈徳 居士　というようなものが出来上がり、院号だからエライだろう！と満足するわけです。その次はもう少しランクを下げて居士で頼みたいとなりまして、院の無い　正峰慈徳 居士　となり、その下が　正峰慈徳 上座／正峰慈徳 信士　となって行きます。そして、先祖が　居士　ならズーっと居士であり、上座ならズーっと上座なのです。最低線が現状維持なのです。<br />しかし逆は大歓迎されまして、信士を上座に格上げすることや、上座を居士に上げることは、『大変良いことをなさいました、さぞお喜びですよ・・・』と住職からお褒めに預かり、たくさんのお布施を払うことになります・・。<br />かような訳で、位階を下げることは収入減ゆえにダメ！上げることは増加ゆえOK！となるんです。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">5-NO11-67　<br />いろんな供養の形が許される訳とは　十一　戒名のこと　ヘ<br /></font>　しかし皆さん、くれぐれも誤解しないでくださいませ悪口だけを言っているのではありません、むしろこんなからくりも、ある面ヒトらしいともいえるのです。なぜなら、このような差別化が結構機能していたこともまた事実だったのですから・・・・・。<br />かつての生活は地域で連携した暮らしを余儀なくされ、自分ではどうしようもない位置づけに身をおくしかなかったことも事実でした。したがって一般庶民にとっては、普段は威張っている財産家だから「特別な時や場合」にはお金を出して当たり前、威張り賃だ・・・、という一種のガス抜き的な作用もあったのだと思えます。また、逆に誰が見ても高潔にして身を粉にして地域社会に尽くした方には、お寺の方から金銭を取らずにその方を顕彰する意味合いから　「一代限りの　院号　を贈る」　ことも稀にはありましたから、結構意味もあったと言えるのですね。<br />ですから住職たるもの「いい戒名をください・・」といってきたら、変に隠したりしないではっきりと毅然として言ってあげればいいんじゃないかと思うのですね、次のように・・・・。<br />＜ 金は欲しいけど、しかしコレだけは知ってほしい　『戒名に上下は無いですよ　金銭で売り買いするものでない！金銭の多寡で供養は変化しない』 ということをです。それでも 『欲しい』 のなら300万でも500万でもお出しくださいと・・・・＞　どうでしょう、すっきりしませんか・・・・？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">5-NO12-68　<br />いろんな供養の形が許される訳とは　十ニ　戒名のこと　ト<br /></font>　戒名の終わりに　△　なんで　生前の名前じゃ（俗名）いけないんですか？　を考えてみましょう。<br />実際に 「戒名にすると別の人になっちゃったような気がするから嫌だ」 といわれたことがあります。今まで見て来たように、戒名にはそれなりの意味も込められていますが、上記のような思いもまたアリですよね。<br />ひとたび 仏事 から離れると、当然それぞれの信仰や宗派などによる別の表記がはじまりますが、その多くは生前の名前（俗名）を主体として刻まれるようです。　では戒名であれ俗名主体にせよ、この両者に流れる底流は何でしょうか？それは 『区切り・節目・けじめ・畏れ』 に他なりません。どれだけ大切な人であっても、後ろ髪を引かれても、現世を生きてゆかねばならない私達のためには、はっきりとした『一線』が是非とも必要なのではないでしょうか。そして 『戻ってきちゃダメだよ、迷っちゃいけないよ！安らかにね！』 という願いと畏怖の心情の為にも、書き記すということは大変重要な儀礼でもありますね。<br />そのように考えてきますと、ごく平均的には 戒名を始めとした故人専用の表記 はなさったほうが穏当ではないかという方向がはっきりしてくると思われます。しかし、絶対ではありませんね。　どうしてもお気持ちに添わねば 俗名 そのままで宜しいでしょうね。<br />儀式に携わるわれわれは 収入の為の戒名 ではなく、その原点を語り、選んでもらうという姿勢を忘れてはならないと思うのです・・・・・・・・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">5-NO13-69<br />いろんな供養の形が許される訳とは　十三　まとめ<br /></font>　５-NO１-57から書いて参りました『供養にカタチはありません』と申し上げていることが、これでお分かりいただけたのではないでしょうか？しかしこういうお経や供養に関しての話題は、坊さんを前にしては例え言いたくても言葉に出せなかったかと思います。　また何か変だと感じていても自動的に『タブー』という制御がかかって意識に上らせられなかったと想像されます。　<br />そしてこれまでの私たちには 『寺～墓～檀家～寄付・付け届け～供養～お布施』　という以外の選択肢がありませんでした。しかし激変してゆく現代社会の中で、これからどのようにそれぞれの事情に合わせて、安心してゆくのか？を真剣に考え取り組まなければなりません。はっきり言い切れば、儀式も何もかも一切なしで火葬にしました、というケースも当然増えるでしょう。しかしその時、じゃあ　ご遺骨　をどうしたいのですか？　ということですね。　まさかJRの車内に置いて来れないでしょう！！ということになります。<br />人は弱いものです、昔も今も　予知・予言・占い・霊界系統・・・の話題は尽きることがありません。思うようにいかない時、病や災難が続く時ついつい頼り縋るのも人情です。そして『ああしなければ悪いことが起こる！こうしななかったから災難が来たんだよ！』という類の話に事欠かないことも事実です。しかし、皆さんは自分の一番大事な子供や孫達に悪さをしたいと思いますか？そんなことはありませんね！<br />私たち 静岡 吉祥寺 は改めて申します。<br />供養にカタチはありません！あなたの納得と安心のできる 供養　を探しましょう・・・・　と。<br />そしていつでもメールやTELでご相談ください・・・・・。きっとお役に立てると思います・・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><br />※Assist by 　株式会社　日本情報処理　＆　池谷和久税理士事務所　URL　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a><br /></p>]]>
        
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    <title>(まとめ04)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--４--お墓（墓地）と分骨/位牌など</title>
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    <published>2009-01-16T14:53:50Z</published>
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        <![CDATA[<p><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="283" alt="jyusyoku_kaku.jpg" src="http://www.kitijyouji.jp/mt/jyusyoku_kaku.jpg" width="199" /></span>(まとめ04)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--４--お墓（墓地）と分骨/位牌など</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>静岡市吉祥寺(</strong></font><a href="http://www.kitijyouji.jp/"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>http://www.kitijyouji.jp/</strong></font></a><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>)</strong></font>の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。<br />富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、<br />身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。<br />[Assist by 　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a>　]</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>４お墓（墓地）と分骨/位牌など</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO1-35　<br />お仏壇の前の扉<br /></font>ところで皆さん、お仏壇はいつでも前の扉を開けておいていいんでしょうか？<br />中には「ご不幸があった時は49日の忌みが明けるまでは神棚と一緒に閉めるもんだ！」とか、「お盆中は閉めておくものだよ！」とか、「夕方閉めて朝起きたら開けるもんだ！」とか言いますね。どう考えればいいのでしょう？<br />はっきり申しまして『習慣やクセ』に還元されてしまう・・・・、と言ってよろしいかと思いますね。理屈というやつは、必ずつきもので、ナンとでも理屈をつけられますから・・・・・。<br />ただ『仏まつり』の世界では 『畏れと崇敬』 という感情が奥底にあり、同時に八百万の神様に対する『浄と不浄』の感覚が引き継がれ、流れていますからその両方が混ざり合い・干渉しあっていろんなやり用が発生したんだと思われます。<br />少し申し添えたいことは、一般的には仏壇は本尊様が真ん中にありますから、いつでも開けておいてかまいませんし、浄不浄に左右されることもありえません。しかし日常に溶け込んだお仏壇となりますとついつい日本人的感覚で『夜は戸を閉め、不幸の時も周りの喧騒でうるさいと申し訳ないから閉める』という方向を向くことはありうることかと思われます。<br />因みに私の雲水時代に老師から言い渡されたことは、老師の奥の間の31箇所に祭られた、いろんな故人や佛菩薩に毎朝4時にお茶を上げ、夕方5時ごろお水に替えることでした。<br />面倒でしたよ！！急いでいるときなんかにこぼしたり割ったりという粗相をしたらそりゃエライことでした。<br />『親切心が無い』と叱られましたから、時折老師が泊りがけで留守になる時はホク々してましたねえ・・・。<br />なぜかというと 手抜き ができたからですが・・・、懐かしい思い出です。<br />余談になりましたけど、あまり神経質にならず各ご家庭の事情に任せて、お年寄りがいらっしゃればお好きなように任せたらどうでしょうかね？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>4-NO2-36　</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">お供え<br /></font>続いてお供えのことですが、私どもはご葬儀のあと、翌々日くらいに、葬家にお邪魔して不安や疑問にお答えすることにしております。<br />そんな中で、白木のお膳を3度三度新しく換えなければいけないと聞き間違えていた方も居られました。<br />ご葬儀という特殊な状況下では、そりゃあみんな真っ白になりますよ。業者さんの説明を聞き間違えることぐらい当たり前でしょうし、思い込んでしまうこともしょうがないですね。<br />さっきの白木のお膳を49日まで、毎日々お供えできたらこれは丁寧で何よりでしょうが、仕事をお持ちの方を含めて余り負担が大きいことはかえってお気持ちに障りますから、七日ごととか、ゆとりのある時にお供えなさったらいかがでしょう？<br />また、ある時お話している中で「あのう、お供えは何時まであげておけばいいでしょうか？」と聞かれ、祭壇を見ると立派な「世界一」という大きな梨がありました。<br />「そうですよね、迷いますよね。せっかくお供え用に届けてくださった方のことを思えば、なるべく長く供えておいてあげたくなりますネ。でも、傷んでしまってはこれも困ります。　どうでしょう、『賞味期限』を考えません？<br />これなら仏さんも納得してくれますよ、また、朝必ずご飯を炊くとは限りませんし、お茶を夕方まで上げておくと夏なんか臭ってきますからねえ。<br />どうぞ、痛まないうちに 『お供物をおすそ分けしてもらいましょ・・』 というふうに、いただいてくださいませ。」<br />と申し上げた次第でした。　いかがでしょう？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO3-37 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　A お墓（墓地）の歴史1<br /></font>　３-NO１-25からNO１0-34の中で、故人を送る方法、いわゆる 葬法 をお話し、特に現代版の 自然葬 について書いてきましたが、今度は『お墓・墓地』について書きますが、これからの話をご覧になればきっとお墓に対する 迷いや思い込み がお楽になると信じます。<br />３-NO 9-33でも書きました、TVや書籍で『建墓と供養と悪しきこと』が必ず連動しているようなことを繰り返し発言している方には少し控えていた頂たいと感じます、これほど無責任なことはありません。<br />先ずは私たちの先祖が人類発祥以来どのように 故人 を葬って来たかをしっかりと振り返ることからはじめましょう。　小学校の教科書にもありますが、ネアンデルタール人が死者に花を供えたことが花粉の化石から確認されています。今から6万年ほど前だということです。<br />我々新人類ホモサピエンスとは違う旧人類に分類されるネアンデルタール人ですが、ヒトに相違はありません。つまり故人に対しての 想い がはっきりと共通しているのですね。しかし人類発祥からこの新人類が確認される250万年～5万年ごろまでは発掘される状況からみて、埋葬に関しては死者と生者の区別はあいまいであったと推測されるようです。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO4-38 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　A お墓（墓地）の歴史2<br /></font>　さて日本ではどうでしょうか？　わが国において縄文時代以前の旧石器時代は、無土器時代とも呼ばれています。ちょうど氷河期と重なっていて約1万6千年以前とされているようですが、洞窟や岩陰で暮らすという長い狩猟採集生活の後期には大阪府藤井寺市の はさみ山遺跡　のような竪穴式の暮らしも出てきたようで、それに伴い住居近くに　墓坑（ぼこう） が発見されています。<br />縄文時代に入ると上記の 土坑墓 に甕が散見されたりしますが、基本的には住居近くに浅い穴を掘り<br />遺体を屈めて埋めたようです。中には石を抱えているものも出土していてこれなどは「死者が甦らないように」という呪術的意味があるとされています。<br />この 屈葬 ですが『省力化』という側面があると指摘もされていて なるほど！ と思いました。<br />次の弥生時代に入ると 伸展葬 といわれる身体を伸ばしたままの埋葬が増えてゆくようです。<br />同時にこの頃から、意図的に分離された 墓所 という意識が明確になって行き、死者の暮すべき あの世 <br />と現世の この世　という『場と時』の観念がはっきりとしてきたと思われます。<br />つまりは、死者の魂や来世を考えるといった抽象的な思考力が発生してきたことの証拠であり、いよいよ『観念の世界、想像の世界、幻想の世界』に足を踏み入れたということになります！</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO5-39 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　A お墓（墓地）の歴史3<br /></font>　弥生時代以降ははっきりと『階級社会』が形作られてゆくわけですが、とうぜん庶民と権力者とは葬送も、埋葬墓も違うことになります。大和朝廷を筆頭にした『古墳』に象徴される墳墓に関してははっきりしていますが、数では圧倒的に多いはずの庶民はどうしていたのかは未だしっかりした文献を見ておりません。　しかし岩田重則 著 「 お墓の誕生 」という岩波新書の中には 埋葬という土葬であった という意味の記述がありますので、およそは日常から切り分けられた各地域ごとの墓所に簡単に埋葬していたと推測されます。<br />考えようによっては古墳時代以前の、貧富の差がべらぼうではなくて、長が束ねる小集団ごとの埋葬であった弥生・縄文の時代のほうが、より懇ろに埋葬できたのかもしれません・・・・・・？<br />少なくとも、仏教が伝来してからでも限られた権力者以外は、弥生以来の埋葬である遺体のままでの土葬がごく 々 一般的であったと推測して間違いは無いでしょう。<br />勿論地域的な違いはあるでしょうし、『化野』的な 風葬 もあったことと思われます。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO6-40 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　A お墓（墓地）の歴史　4<br /></font>　古墳時代を過ぎ飛鳥（聖徳太子・大化の改新645）～奈良（平城遷都710大仏開眼754）～平安（平安遷都794）～鎌倉（幕府1192）～室町～安土桃山を通じて一般庶民に関しては土葬や風葬であったとされ、メモリーとしての墓石や戒名、仏壇や位牌といったアイテムは特別にはなかったとされています。　ただし仏教伝来以来鎌倉期に花開いた多様な各宗派の布教行脚により、日本各地に仏教的思考風習のようなものが形作られ根付き、中央から地方へと伝播する文化情報とあいまって徐々に日本風の葬送や埋葬の形の『下ごしらえ』は進んでいったと想像されます。<br />ところで、個人的に調べておきたいと思っていることは、棺の変遷です。権力者に関してはほぼ解るのですが、庶民はどうなっていったのか？　土葬はほとんどが 座棺 であり火葬が 座棺か寝棺 なんですが、庶民が使い始めるのが何時ごろからなのか？<br />また伸展葬になったにも拘わらず、再び 座棺 に戻っているところなどでしょうか・・・。いずれにしましても、日常と区分けされた『墓地』はあったのですが『墓石や墓標』はなかったようで、江戸を待たねば『お寺＝墓地＝墓石＝戒名／位牌／仏壇』の形は無いということ押さえておけば宜しいかと思います。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO7-41 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　A お墓（墓地）の歴史　5<br /></font>　ざっとおさらいしておきますと、1603年に江戸幕府が始まり1614年1615年には大阪冬と夏の陣があり、1616年家康が没し1637年から1638年の島原の乱を契機にして1641年には長崎の出島だけが外国との窓口となり鎖国が完成しました。そして＜1664年に『寺請制度』＞ができ、ここに現在の日本仏教の原型が生まれたのです。　これは 『テラウケ制度』 と読むわけですが、仏教徒として必ずどこかの寺院の檀家であることの証明を強要する制度で、いわゆる『檀家制度』ということになります。<br />これによって日本全国津々浦々、どの家も必ず『檀家』となっていて 宗門人別帖 に載せられたのです。<br />とうぜん 信教の自由も宗派の変更も一切通用しません。先祖代々ずーっと同じ寺と同じ墓地に縛り付けられるようになり、『お寺＝墓地＝墓石＝戒名／位牌／仏壇』の形が出来上がりました。<br />これらの仏事必須用品は勿論ピンからキリまで様々なアイテムが用いられたわけですが、お墓に関しては庶民は土葬ですから、座棺で埋葬し、盛った土が沈んで落ち着いたら 一人ひとり　に簡単な墓石を乗っけていたのです。今日見慣れた ○○家之墓 という形.は日本中何処にもありません！！</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO8-42 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　A お墓（墓地）の歴史　6<br /></font>　皆さん、私たちは見慣れた今の『墓石』が大昔からあったものに違いない！となんとなく思い込んでいましたが、こうやって振り返ってくれば次のことがはっきりと理解できると思います。<br />◎&nbsp;土葬だから、カロウト式の墓石は無意味で不要であったこと<br />◎&nbsp;同じく、場所だけはカロウト式と違い 広い面積 の確保が必要であった<br />◎&nbsp;同じく、一人ずつ小ぶりな石のメモリーが置かれたが、各地区と家の状況からいろんなグレードがあった。<br />◎&nbsp;同じく、墓石に刻まれるとしたら 戒名 であり、△△家という『家』の名前はあり得なかった。<br />いかがでしょう？檀家制度が1664年にできて以来、明治8年以降の火葬の微増を待つまでは、日本全国の一般庶民は現代の カロウト式墓石 とは全く無縁であったのです！　即ち、今の墓石は 『火葬の普及』 と密接に関連しているのですね。　明治以後の富国強兵殖産興業の方針の下、都市部への集中が始まりますと当然衛生管理が大きく問題化しますし、土地自体が物理的に不足をきたして参ります。<br />そこに 火葬 が普及し始め、同時に西洋の合理的唯物的見方があいまって、焼骨は骨壷に収納されて<br />カロウトの中に集約されることとなったのです。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO 9-43 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　A お墓（墓地）の歴史　7<br /></font>　このように一人ひとりの土葬から一箇所に焼骨が収納される変化に伴って、カロウトの上に載る棹石も自動的に変化し、個人個人の戒名は棹石の横や裏か又は墓誌に刻まれ、正面には ○○家之墓 とか △△家先祖代々 などの文字が刻まれるようになりました。<br />因みに 火葬率 が50%を超えるのが 昭和25年1950年で、58年前となります。<br />ところで皆さんもご記憶にあるかと思いますが、かつての土葬墓地の中には、うっそうと茂った木々に囲まれて傾き苔むした大小の墓石があり、中にはまだ丸く盛られた小山のような土饅頭がありました。<br />私は母親から貰うお駄賃が欲しくて、小学校低学年の頃（昭和30年前半）怖かったけれど水桶を持ってそんな雰囲気の墓参りによく行ったことが忘れられません。この思い出は信州にいたときのことですが、火葬普及がまだだったということですね。　更に中学生になり（昭和40年）三重県の四日市市郊外にいた時です。田んぼに囲まれた墓地の一角で隣組の人が薪を積み火葬を行っている光景を初めて見たのですが、遠くからとはいえ強烈な印象が忘れられません。<br />その後火葬は市区町村単位で重油のボイラーと共に徐々に普及し、それに伴って カロウト式墓地 が<br />広まってゆくこととなったのです。即ち、今の見慣れた墓石が常識化してきたのはわずかこの『半世紀、５０年』に過ぎないのです！！</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO10-44 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　B お墓（墓地）の色々　1<br /></font>　さてカロウトの上に載っている石の一番トップを 棹石 と呼びますが、随分といろんな形を目にするようになりました。　因みに復習しておくと カロウト式焼骨集合墓 が盛んになるのが昭和40年（1965）半ば以後ですから、今から数えて約40年前くらいですね、余裕をとっても『よく見かける』ようになってから今日までせいぜい 50年 足らずなのです！！<br />そして最初の縦長の四角柱の中に横型が混じるようになり、次に横型が変化してゴルフ関係の置物とか野球関係や釣り登山関係などの形が出て参りました。<br />また、それに伴い ○○家之墓 とか △△家先祖代々 を刻む替わりに、故人を偲ぶコトバや故人の遺言、はたまた日記までも刻まれています。更に昨今では技術の発展もあって遺影写真も彫られています！！<br />最初の土葬時を振り返りますとその変容の速さと共に、バブル（1986 S61～1991 H3））以後の墓石の メモリー化 という変化がたかだか十五年程前に過ぎないのに常識化してきていることも驚きです。<br />私たちはよく『昔からズーっとこうやって来た』と言いますが、結構いい加減ですよね・・・。<br />また墓相学なるものがありますが、このように墓石自体が変化変容し、墓地という場所の不足と値段の問題を抱えている現在では限りなく無意味になってきたように思えます・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO11-45 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　B お墓（墓地）の色々　2<br /></font>　ところで、一般庶民が江戸期の檀家制度発生に伴い、戒名を刻んだ墓石には次のような意味が込められていました。<br />△　お釈迦様のお舎利（お骨）さんを分骨して祭った ストゥーパ が五輪の塔になり、五輪の塔が墓石へと変化し塔婆になって行きますが、『ストゥーパ～墓石＝お釈迦さんの教え』という印象から導かれる『お釈迦さんの教えにつつまれて、成仏し安らかに旅立つお守り』という意味ですね。<br />土葬ですから当然一人ひとりに必要になってくるという訳です。同時に日本人の死生観から出てくる『鎮める』ための意味もあったのです。　ところが カロウト式焼骨集合墓　が一般化し始めた50年前からは逆に上記の『釈迦の教えに守られて』の部分だけが薄れ始め、故人の為のメモリーと安らかな旅立ち、なおかつ迷わず戻ってこない為の 鎮め としての置物形式・メモリー的になってきたのです。<br />これは 良いか悪いか の問題ではなく、文化習慣という常識世界の変化ですから、どうしようもありません。<br />かような状況になりますと＜それは間違っている！正式じゃない！成仏できないぞ！悪いことがおきるぞ！＞という方が必ず出てきますが、既に見てきたように 『コレ以外は間違いだ！』 というような埋葬の仕方があるわけではないのですから 愚かな遠吠え としか言いようがありません・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO12-46<br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　B お墓（墓地）の色々　3<br /></font>　ところで皆さん、墓石に 赤色 が一字入っているものをご覧になったことがありますでしょう？これは 生前に戒名 を持っている方が墓石を建立して彫り込んだ場合に、その戒名の中の一字に朱を入れたものです。　朱を入れる意味は誤解や間違いを起こさないためですが、そこはそのナニがありましてやはり 縁起 を担ぐという面も否めません・・・・。<br />　ところで生前の建墓のことを 『壽陵』 とも言いますが決して生前建墓は不吉なのではなくて、逆にそれだけのチカラがあるということでもあり、後の者を煩わせない意味もあり、生前に戒名を持ち覚悟が定まった生き様が可能であるというプラス面での捉え方でこう呼ばれるのですね。<br />生前に戒名？と思われるかもしれませんが、このHPの『守り本尊と戒名』を開いて確めてみてください・・・。<br />ところがまたまた変化がでてきているのです！<br />建墓しますと多くの場合棹石の裏に　建立年月日と建立者の名前を入れますが、何処でどう間違えたのかこの『建立者』の名前に朱を入れるのです！？　発注した施主が石屋さんに強く言ったのか？または石屋が何かの加減で朱を入れたものか？どちらかでしょうが、お参りに来て一度それを目にすれば『アレこうなんだ？！』という感じで、必ず広まり『常識化』してゆくと想像されますが、常識も所詮この辺りが出発点なのかと思うと、　面白いというかヒトの性というか、ナンとも・・・・・・・</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO 13-47 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　B お墓（墓地）の色々　4　正統派？<br /></font>　４-NO３-37からここまで お墓・墓地 に関して書いてきましたが、いろんな変遷が続く中で火葬後のお骨を収納する『正当派の墓地』ってあるのか？という疑問も出てくると思います。<br />これは大変微妙でして、いつも申します 供養にカタチは無いこと や今まで見てきた墓地の変化を考慮すると『正統派』ということは無くなってしまうのですね・・。<br />しかしそこはまたヒトの人たるところでして、ついつい何かあるだろう？というのも人情ですよね？<br />さて、皆さんはたぶん墓参りの折に、カロウト式ではなくて、五輪の塔が向って右にあり、その左の空き地の小ぶりな墓石に戒名が刻まれているお墓を見て「あれ何か変わってる！」と感じられたことがあるんじゃないでしょうか？　実はこの五輪塔の下には何もなくて、一人ずつ建った墓石の下に磁器の骨壷から出して、白い布とか素焼きの壷に移したお骨が埋葬してあるのです。　いわゆる土に還るという埋葬方法ですね。<br />そしてこの五輪塔はお釈迦様のみ教えであり、故人は戒名を刻んだ墓石と共に二重の意味でお釈迦さんのみ教えと慈しみに包まれることになります。その上遺族にとっては『鎮め』の感覚も満足されることとなります。当に土葬と火葬が習合した伝統的埋葬法というわけです！<br />ただし、この方法を取ろうとすると、お参りする私たちの体格に合わせた穏当な寸法を考えた場合、墓地としての敷地は少なくとも1間四方の一坪（3.3㎡・畳2枚ほど）は最低限欲しいですね。今日の墓地事情を考えますとなかなか難しい面もありましょうか？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO 14-48<br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　C 分骨や位牌／仏壇など　1　分骨<br /></font>　前にも書いていますが、お釈迦さまのお骨は 八つ に分けられてインド各地に分祀され、記念の供養塔である ストゥーパ が建てられたことはご存知の通りです。　<br />ところで、恐らく静岡近辺が境かな？と感じられますが 『分骨』 に対する想いに随分と違いを見ることができます。　名古屋以西では 分骨 は日常的で、主に喉仏を お舎利さん といって仏壇の引き戸の奥に祭ります。ところが名古屋から東京に近づくと「エ！なにソレ？」という雰囲気に変わってくるのです。しかも、火葬後に渡されるお骨の量にも大きな違いがあるんです！名古屋以西になると骨壷は二回りほど小さいものになってしまうので、関東圏から収骨立ち会った人は「アレ！」と驚いてしまうのですね。<br />しかし、所変わればといいますがJRの乗換えでエスカレーターに乗ると、東京とは正反対の左が『早歩き』の決まりになっていますから、私は大いに戸惑ったことを思い出します。<br />「アンタの常識アタシの非常識」ではないですが、特別な理由な無くても なんとなく　というしきたりとか、慣習は地域によって独特のものが育って根付いてゆくようですね。<br />このような 分骨 や お骨上げ の事例一つをとっても『供養や仏事』には カタチはない！ ということが改めてご理解いただけるものと思いますがいかがでしょう？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO15-49 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　C 分骨や位牌／仏壇など　2 分骨位牌<br /></font>　さて、このように 分骨 は悪いことでもないし忌むべきことでもないことが解ってきますと大いにいろんな事が考えられると思います。　今日では「長男だから、長女だから家をとらなければならない！」ということはほとんど消えかかっていますし、どの子であれ必ず生まれ故郷に定住できる状況でもなくなってしまいました。<br />すると、自分たちのお墓を今住むところに欲しくても、後を見てもらえません。また、『老後』の状況次第では不本意でも子供たちのところに行かざるを得ない！という 想定外 も起こりかねません。　このように<br />△　お墓を造っても後を見てもらえない／遠くてお参りが大変という方や、<br />△&nbsp;年齢や体調や住む場所に振り回されず、いつでも『手元、身近』で供養したいというような方には、<br />それこそ手近に 分骨 をお祭りすれば 『お墓があっても無くても／遠くても近くても／自然葬に附しても』 安心して 手元供養 が実現できます！そこで方法ですが、従来のような 喉仏の分骨 という大仰なことにせずに、<br />○&nbsp;一見しても そのものズバリ という生々しい形ではなく、しかし個別に識別できること<br />○&nbsp;従来の位牌の形を崩さないでしかも 10霊分 納められること、という条件の『分骨を収納できる位牌』を考案し、提案することになったのです。<br />従来の分骨は当にソノままですから、代替わりするともはや何の情感も共有できずに只の『異物』という感覚にさえなってしまいます。また人は お参りできないことが重なったり、永代供養や自然葬の方法を選んだりすると、なんとなく 『後ろめたさ』 のような感じを抱いてしますものですよね・・・・。<br />その解消に 静岡 吉祥寺 の企画提案いたします『分骨収納位牌』はお役に立っているわけです。　</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO16-50 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　C 分骨や位牌／仏壇など　3分骨収納位牌<br /></font>　今回 静岡 吉祥寺 が考案し「実用新案登録」された分骨収納位牌が喜ばれる訳は、外見が全く普通の位牌と変わらないことでしょう。<br />そして位牌の裏がスライドして窪みが現れ、そこにご遺骨のホンの少しをラミネートでパッキングして、筆書きされた故人様の戒名等が10霊納められるという機能と合理性が備わっているゆえかと思います。<br />戒名は位牌の表に二霊書けますが、先祖代々と書いておけば二霊を越えても大丈夫ですね。また、子供が娘さんだけで皆嫁いだというような場合には、お墓を整理してこの分骨収納位牌を嫁ぎ先のお仏壇かお部屋に祭れば何の心配もありません。<br />しかし嫁ぎ先が仏教系ではないお宅だったら分骨収納位牌を祭るという訳には行きません！ところがです、故人様の写真が使えるのです！お二人の写真に少量の分骨をパッキングしてポートレレイトのように飾れば何の違和感も発生しませんから、こんないいことは無いのですね・・・。<br />また、パッキングしたものを『お守り袋』にしまっていらっしゃる方もございますから、分骨収納位牌のみというのではなく、いろんな手元供養や安心のカタチが可能だということになります。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO 17-51<br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　C 分骨や位牌／仏壇など　4 大丈夫？<br /></font>　前回「嫁ぎ先のお仏壇に自分の親の分骨収納位牌を祭る」といいましたが、『姓が違う他家の位牌を祭ると仏さん同士が喧嘩をする』と主張する人がいるのです！皆さんはいかがでしょう？<br />今までは『仏壇は本堂を小さくしたもの』と言われていましたので『中央に本尊様、左右に位牌』というスタイルはどの宗派でも共通ですが、その他の部分では各宗派によってかなり厳密に祭り方は決まっていましたので、先の『ケンカする』という原因は『各宗派の違い』から派生したものかと想像されます。<br />しかしどんな宗派でも 大元はお釈迦様 ですし目指す頂上は一緒です。しかも、どの宗派で葬儀を済ませても、故人は『仏の道を歩いているコト』になっているのですから、我ら俗人とはレベルが違っていなければなりません！　もしそんな方々が『いさかい』をしているのなら、ソレこそ『成仏』どころではなくなって、たちまち『地獄行き』となってしまいますよね！ですから、決して喧嘩をする訳がありませんよ！<br />大事な故人や放っておけない身内の方がいるのに『お前は嫁に来たんだから、お前の家系は祭ってはいけない』と締め出されたらこんな切ないことはありません。<br />お釈迦さんの教えがそんな狭いものであるもんですか！！どうぞ、安心してください。<br />ただし、謙譲の美徳と申しますか、気は心ですから祭る時は夫の家の位牌より小ぶりにしましょう・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO18-52 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　C 分骨や位牌／仏壇など　5　注意！<br /></font>　さて、墓石の変遷をみてきましたが、仏壇に関しても昔の厳密さは薄れてきています。<br />何宗はこうだ！とか正面には必ずご本尊が無ければ！という締め付けが弱まり、先祖や大切な故人の位牌を祭るためのものに変化し始めています。　俗に 家具調仏壇や位牌 という流れです。住宅事情などを勘案すればお仏壇の昔からのカタチは変化せざるを得ませんでしょうから、分骨収納位牌や分骨の写真へのパッキングなどを含めて、各ご事情に応じて一番安心と納得のできる方法が必要でしょう。そしてどんな方法でもそれが故人様の成仏に差し支えるというようなことは決してありませんのでどうかご安心ください。<br />次に、お墓を建てる時に時折あるようですが、仲の良い兄弟が一緒にお金を出し合って立派なものを建て、兄弟の家族が仲良く使いましょう！ということが行われる場合があります。<br />しかしこれだけは ！だめ！ ですね・・・。<br />今はいいのですが、従弟の代になり次にはとこの代になったらえらいことになってしまいます。それに、将来それぞれの家族がお参りできるような場所に住んでいるとも限りませんし、ヒト同士のお付き合いですから微妙な行き違いからなにが起きるかわかりません・・・。　　お墓だけは 『一軒一基』 が大原則です。<br />但し共同使用がまずいだけですから、子供達がご両親の供養の為に心から費用を出すよ、ということでそのお墓の守をする立場のどなたかを援助なさる分には一向にかまいません。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO19-53 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　C 分骨や位牌／仏壇など　6　納骨の色々<br /></font>　これまで 自然葬～お墓・墓地～分骨収納位牌～仏壇まで書いてきましたが、納骨には他にも選択肢がございます。いわゆる 『永代供養』 というものです。<br />しかし従来の永代供養は印象が暗く、何か引っかかる感じが否めませんでしたが、その原因は<br />○&nbsp;お墓を建てられない人が利用する？　　○　経済的に大変な人が利用する？<br />○&nbsp;身寄りに無い人のためのもの？　　　　　○　故人を粗末にするのでは？<br />というような風潮が根強くあった為だったと想像されます。しかし、このブログを読んでくださっていればそんなことは愚かしい考えだとご理解いただけるのですが、原点や歴史や意義をなかなか知る機会が無いのですから、なんとなくの風潮に流れるのも無理からぬことかもしれません。でも、少なくとも浄土宗や浄土真宗の方はご本山にほとんどの場合ご分骨を納めますし、身延山にも高野山にも永平寺さんにも分骨や本体を納める方は結構いるのですからどうぞご安心ください。<br />さて、今までの 永代供養 といえば分骨であれ本体全部であれ納めたら二度と返却はされないし、結構な金額でもありました。（￥50万以上）<br />そこで 静岡 吉祥寺 では全く発想を変えて以下の選択肢を提案しています。<br />※&nbsp;1　直ちに供養塔か百年樹へ納める方は ￥10万円（静岡市のサービスと同額）　<br />※&nbsp;2　お寺そのものを 『お墓の替わり』 とし、10年単位で使用する方法。<br />10年￥15万／20年￥25万／30年￥35万　です。<br />　　　　出し入れは自由ですし、複数霊の時の費用はその都度対応しています。<br />これに分骨収納位牌を併用なされば時間も距離も消えてしまいますから安心ですね・・・。かような方法が選択できますと、将来お墓を建てることになっても対応できますし、何よりも精神的な後ろめたさのようなものが一切なくなることが喜ばれるというわけです。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO20-54 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　C 分骨や位牌／仏壇など　7　納骨はいつ？<br /></font>　何時のころからか葬儀が済んだらその日に納骨をすることが当たり前になっていますが、これは土葬という遺体の埋葬方法が火葬に切り替わっても、そのまま受け継がれた習慣がもたらしたものでしょう。<br />これも 「墓地があってしかも自宅の近く」 という条件が当たり前だった時には有効でした。しかし社会の変化と共にこれだけでは物理的に不可能になってきています。墓地の時にも書きましたが、墓を建てることはなかなか難しいものがあるのですね。　そこで 静岡 吉祥寺 では<br />※&nbsp;仏事はあわてちゃいけません！私たちからじっくり情報を聞いてください<br />※&nbsp;少なくても49日の忌明けまでは自宅でしっかりとお祭りしお声をかけてやってください<br />※&nbsp;一周忌まではご自宅にお祭りしておいてなんら差し支えないですよ<br />とお伝えしています。　ご親戚始め周りの方は大変 親切 にお世話を焼いてくれますが、お金の世話までは決してしてくれるものではありません。<br />心身共にショックの大きい遺族にたいしては矢継ぎ早に「ああした方が、こうした方が・・・」ということは控え、聞かれぬ限りそっと見守ってやって欲しいものです。あわてると取り返しが付かないのが仏事一般でして、先にも書いていますが、特に寺院の墓地を取得して檀家になればもうそれで身動きできなくなってしまいます。<br />また『自宅に祭っておくと良くないことが・・・』と世話を焼く人がいますが、これも全く根拠はありません！しいて言うならば、身近に遺影やお骨を置くことによって気持ちが引っ張られすぎて日常に戻れない人にとっては、長く祭ることはマイナスですが、その時にはきちっと対処すればいいことですね・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO21-55　 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　C 分骨や位牌／仏壇など　8　供花のこと<br /></font>　最近の墓参りをしていて『造花』が目に付くようになりました。技術の進歩でしょうねえ、その精巧な細工はチョット見には本物と全く判らないものさえあるのです。<br />花のほかにも樒（しきみ）も榊（さかき）もありまして、紫外線や雨風に劣化しないようにコーティングを施すものもあります。お盆の飾りであるナスの牛にキュウリの馬が新幹線やスペースシャトルになっているケースもあるのですから、このような変化も当然なのでしょう・・・・・・・。<br />しかし、未だに怒り出す住職もいますから気をつけてくださいませ！また住職だけでなくお参りする人の中にも疑問を感じ「方丈さん、生花でなくてもいいのかねえ？なんか粗末にしているように見えて、手抜きといわれそうだよ・・・」と聞いてくる人もいます。考えてみますと、４-NO３-３７でも書きましたが故人にお花を供えるという行為は、ネアンデルタール人もしていたわけですし、人として自然の発意であり厚情の証でもあります。<br />檀家制度が始まり土葬が広まったころには今のような専門の花屋さんなんかないですから、手近な花を摘み樒を手折ってそなえたものでしょう・・・。今は季節のものであろうが無かろうが、お花屋さんから気に入ったものを購入してお供えしますが、改めて見直せば逆にこっちの方こそ「本末転倒」といわれるかもしれません！<br />要するに『供養にカタチは無い！』のですから、より広い想いで見たほうがよさそうですね・・・・。小さい声で白状しますが、私も最初は馴染めなかったのです。結局は自分が慣れ親しんだ習慣が一番だ！という常識に捕まっていただけでした。花立に赤茶けて半分腐りかけたものが供えてあるより余程いいのかもしれませんよ・・・・！？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4-NO22-56　 <br />お墓（墓地）と分骨／位牌など　C 分骨や位牌／仏壇など　9　墓石を洗うこと<br /></font>　お墓参りはそれぞれご事情があり、それこそ雨の日も風の日も毎日お参りして般若心経を上げてゆく方もおります。故人との関係についてはどういう形がベストだとは言い切れませんが、私はよく逆説的に『できれば皆さん、ア、線香あげるの忘れちゃったヨ・・でもマいいか明日で・・・という日が一日でも早く来ることを願っています』と申し上げています。<br />供養は本当にキリがありません、どこまで丁寧にしてもしすぎることはありません。でも皆さんの故人への想いも、時間と共にその質が変わり日常に溶け込んでくるようになることはよくご存知ですね。決して思い出や別れの辛さがなくなることはありませんが、その質が変わってくるのですね・・・・。<br />そして、その頃になるとようやく『そうだよね、自分が元気でしっかりと生きてゆくことが一番喜んでくれるよね・・』と得心できるのだと思われます。そうしますとお墓参りも、毎月の命日には必ず出かけたのがチョっと間が空くようにもなるかもしれませんね？でも、それでいいのじゃないでしょうか？すると、今月は必ず行かなくちゃ、そしてしっかり掃除してやらなきゃネ・・、となりまして墓石も入念に拭きあげられますが、この墓石の手入れに迷う方がいらっしゃるのです・・・。「方丈さん、墓石に磨き粉つけて金ダワシでこすっているのを見たけどそこまでせにゃいかんかネエ？」というわけです・・・・。　これも土葬の時を思い出していただければおよその見当はつくかと思いますが、その当時の墓石は『草葉のかげ、苔むす標』でした。墓標自体も研磨加工は現代のような状態であるわけがないのですから、ザラ々して布でぬぐうことすら引っかかって大変でしょうし、手桶一杯の水が精一杯であったろうと思われます。しかしながら、今のようにきれいな表面の墓石が微妙にくすんでゆくのを見てどう感じるか？これも美意識というか感性というかなんとも線引きに困るところですねえ。結論は、ご自身にプレッシャーをかけすぎない程度にホドほどに・・・ということでしょうか？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
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    <title>(まとめ03)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--３--自然葬のこと</title>
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    <published>2009-01-15T14:26:21Z</published>
    <updated>2009-01-22T14:40:00Z</updated>

    <summary> (まとめ03)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--３--自...</summary>
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        <![CDATA[<p><br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="283" alt="jyusyoku_kaku.jpg" src="http://www.kitijyouji.jp/mt/jyusyoku_kaku.jpg" width="199" /></span>(まとめ03)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--３--自然葬のこと</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>静岡市吉祥寺(</strong></font><a href="http://www.kitijyouji.jp/"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>http://www.kitijyouji.jp/</strong></font></a><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>)</strong></font>の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。<br />富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、<br />身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。<br />[Assist by 　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a>　]</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>３自然葬のこと</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">3-NO1-25 <br />自然葬のこと（山林散骨/海洋散骨/樹木葬）一 　海洋散骨 A<br /></font>　このところ耳にすることが多くなって参りました『自然葬』ですが、まだまだ一般化したとは言い切れません。<br />その中でもよく選ばれる方法は『海洋散骨と樹木葬』となりますが、この二つからお話してみましょう。<br />△&nbsp;海洋散骨のこと　　これは一艘の船（小型クルーザーや漁船など）を借り切って一家族だけで海に出て故人のご遺骨を海に散ずるか、複数の家族と同乗して散骨するという方法があります。<br />また遺族関係者は一切船には乗らず、散骨そのものを委託してしまうやり方などもあります。　<br />経費は貸切でおよそ￥３０万程度、全て委託すると￥５万程度が現状のようです。<br />但し、ご遺骨を現地や業者までどうやって運ぶか？また形がわからない程度まで粉砕しなければなりませんから、この二点に関して方法と経費を考慮確認する必要がありますね。<br />因みに私たち 静岡 吉祥寺 では、JR静岡駅合流後歩いて５分の 静岡 吉祥寺事務所 まで<br />お越しいただき、休憩の間に準備をさせていただいています。<br />全委託の場合は、ご自身で 静岡 吉祥寺事務所 までお持ちいただくことを原則と致しますが、<br />どうしてもご無理な方にはその都度別途対応させていただいていますので、<br />経費は上記金額に『交通費』のみが実費ご負担となります。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">3-NO2-26 <br />自然葬のこと（山林散骨/海洋散骨/樹木葬）二　海洋散骨 B<br /></font>　私ども 静岡 吉祥寺 で始めて実施した海洋葬は平成１８年の８月６日でしたが、今でも忘れられない光景として残っています。　当時は知り合いの漁船の船長さんにお願いして、シラスで名高い用宗港から出ていました。その日の天候は晴れた暑い日で、海は台風の余波で少し波が高目でしたが、港から２０分ほどで現場に到着し「あっちが三保で、向こうが御前崎だよネ」と話しつつ読経に入りました。<br />読経のあと私が写経した般若心経で包まれた本体のご遺骨は、喪主が手ずから海に戻され、同乗の参加者８名には白菊の上に溶けるカプセルに封入したものを載せて揺れる船べりから、手を海水に濡らしながら浮かべてもらいました。そうしたら、潮の加減でしょうかそのカプセルの載った白菊が一箇所に集まってゆくではありませんか・・・・・！！<br />汽笛を鳴らし、その周りを三周して戻りましたが、喪主を始めしばし言葉もなく見守っていました・・・・。<br />　因みに今回は般若心経を読誦しましたが、宗教儀礼は一切なしで！というご希望にはその通り対応させていただきますのでご安心ください。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">3-NO 3-27 <br />自然葬のこと（山林散骨/海洋散骨/樹木葬）三　海洋散骨 C<br /></font>　このほか　静岡 吉祥寺　の実施ではありませんが、著名な方々の海洋散骨の実例としましては、<br />○&nbsp;石原裕次郎さんが弟 慎太郎さんによって湘南の海に還りましたし、<br />○&nbsp;作曲家の いずみたくさん の遺灰も相模湾へ戻りました。<br />○&nbsp;破天荒の漫才師、横山やすしさん は広島の宮島へ・・・<br />○&nbsp;一世を風靡したドリフターズの荒井注さんは、遺言どおりケアンズの海に散じられました。<br />　このほかにも知られていないケースもあると思われますが、徐々に確実に認知され実行されつつ進んできています。　進化の元をたどればいうまでもなく『母なる海』に戻ってまいりますが、海洋散骨という『海へ還りたい』希求は至極当たり前の叫びなのかもしれません・・・・。<br />時代の変化と共に、もはや旧来の方法だけでは様々な 「人としての最後の願い」 を叶えられない状況に突入してきたのでしょうね。<br />どのように生ききり、どのような終末を迎え、どのように旅立つのか？真剣に向き合わねばならなくなった今日です、共々に考えさせていただきましょう・・・・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">3-NO 4-28 <br />自然葬のこと（山林散骨/海洋散骨/樹木葬）　四　山林散骨と樹木葬　A<br /></font>　海洋に散骨するなら当然『山林への散骨』の希望もでて来ます。<br />具体的にはホントに細かくしたコップ一杯分程度を参加者自らが所定の地面に散じて混ぜてしまいます。残りは『管理者』の責任において取り扱うこととなります。　じゃあ 場所 は何か指定や決まりがあるの？それとも 何処でもいいの？という疑問が出てきます。<br />建前は『地主がOKなら何処でも可能』ですが、当然 水源地 に関わったり、近隣住民の日常生活に情緒的不安や不快感を与えるようなことは許されてはなりません。　何処までも『公序良俗』と申しますか、あいまいですが 極めて平均的・常識的 といわれる観点から見て『コレならいいだろう・・・・』という感じになると思います。<br />ある会社が企画提案しているものに『特殊加工の容器に粉末化した遺骨を納め、埋めずにそのまま自宅の庭に置きっぱなしにして自然に還す』というものがあります。　この企画の ミソ は『土に埋めない！！』という点ですが、（墓地以外の場所には 埋める ことはできません！）確かにこれは法的にはすれすれであり違法ではありません。しかし埋めない のですから割れたり倒されたりしたら中身が散らかりますよね・・・・。<br />また、近隣ご近所への問題も大きすぎると思われます。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">3-NO5-29 <br />自然葬のこと（山林散骨/海洋散骨/樹木葬）　五　山林散骨と樹木葬　B<br /></font>　私ども 静岡 吉祥寺 では昔からある墓地に隣接する東向きの自然林を『墓地として登記』していますので、安心してそこで　散骨や樹木葬 を行うことができます。　山寺の強みですネエ・・・？　ところで前回に書きました『ホントに細かくしたお骨』のことですが 海洋散骨にしても山林散骨 にしても一番問題になるのが、この 『ご遺骨のパウダー化』 なのです。　ある市民団体が『自由葬』の啓蒙活動の一環としてこの『散骨』を取り上げ、経費の面を強調し『自分の手で細かくできます！』と謳い、その方法として『ビール瓶をタオルでくるみ押し付けるようにして細かくします』というチラシをだしていました。<br />しかし皆さん、自宅のどこかで骨壷から少しずつ故人のお骨を出して、広げたシートの上で自分の手でやるんですよ・・・！　耐えられる人が何人いるでしょう？<br />しかも、畳やフローリングの上でビール瓶にタオルを巻いた位では決してパウダー状にはなりません！！頑張ってもせいぜい全量の四分の一ほどが米粒程度になればいいところなんです。残りはしっかり原形をとどめているんですよ！特に頑健な体格の方やお若い方は余計しっかりしています。　私どもはこういう事実を身をもって知っていますので『この啓蒙活動の方達は自分たちが本当に試してから印刷物にしたのか？』と唖然といたしました。<br />よく論語読みの論語知らずといいますが、無責任極まりない啓蒙活動ですね・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">3-NO6-30 <br />自然葬のこと（山林散骨/海洋散骨/樹木葬） 六 山林散骨と樹木葬　C 樹木葬<br /></font>　次に 樹木葬 のことをお話します。山林散骨と何処が違うのでしょうか？<br />それは次の二点です。<br />△&nbsp;お骨をパウダー状にしなくていい<br />△&nbsp;墓石は使わないが『墓地』として登記されている場所に限られる　　というところです。<br />つまり、土の中で分解しない磁器などの容れ物ではなくて 『土に還る』 ものに収納して墓地として登記された山林に埋葬するという形なのです。<br />この樹木葬の方法には二つありまして、年経た大きな樹の根方に埋葬する方法と、一霊ずつ記念に植樹をしてゆく方法です。岩手県一関のお寺が日本での始めといわれ1999（平成11年）から始まり、わずかの間に一気に広がりを見せておりますが、自然林が無いとなんとも様になりませんし、植樹をしますから場所も広く確保する必要がありますので、樹木葬を実行できるところも限られてきます。<br />因みに当地静岡では　静岡 吉祥寺 と小鹿の浄土宗寺院の二ケ寺だけですが、海にあこがれる方と同じように、なんとなく山にひかれる方や、記念の植樹に惹かれる方などが徐々に増えつつあります。<br />経費は１年２回の手入れを３０年勤め、記念の墓標を毎年更新して読経供養する形で￥５０万。<br />百年樹の根方に還る方は￥１０万です。<br />なお、個別に植樹するが１０年だけ面倒見てくれればいいよという方は￥２０万です。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">3-NO7-31 <br />自然葬のこと（山林散骨/海洋散骨/樹木葬） 七　問題点　A<br /></font>　山林散骨／海洋散骨／樹木葬に共通する問題は『天候』です！<br />お施主さんが近くの方なら前晩に変更できますが、遠い親戚も来るから・・となると大変です。当然台風の時期や梅雨時ははずしますが、予備日を設けられるようならば１週間後の土日を第２候補としております。<br />しかし、仕事の都合上予備日は取れない！という方には当日に現地かJR静岡駅でお預かりし、後日 静岡 吉祥寺 で写真に収めつつ散骨を行うようにさせていただいています。<br />海洋散骨なら３月～５月と１１月。山林散骨なら３月～５月と９月後半～１１月でしょうか。<br />因みに樹木葬の中でも『記念植樹』を行う時には苗木の『植え時』も考えねばなりません。平均的な『庭に植える花木』はほとんどが真夏を避けた期間ですからほぼ問題ないのですが、なるべく最適期に合わせてあげたいので、静岡 吉祥寺 のご用意した花木の資料を参考にご相談させてもらっています。　当然植樹してすんなりと活着してくれれば一番ですが、うまくなければ、次の最適期に 静岡 吉祥寺 で責任を持って補植させていただきます。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">3-NO8-32 <br />自然葬のこと（山林散骨/海洋散骨/樹木葬） 八　問題点　B<br /></font>前の３-NO 5-29でも書きましたが、パウダー化という作業はご自分でなさるものではないと思いますし、またできるものではありません。　じゃあ、お寺に任せるけどどうやって 『パウダー状』 にしているの？と聞きたくなるのも人情でしょう。　人は 知りたがり屋 ですが、しかし何もかも全部知ることが幸せか？というと決してそうではないと思うのです。　例えは悪いですが、よくお蕎麦の手打ちをガラス越しに実演している光景を見ますが、その一角はそれこそ粉だらけでしょう・・・？細かい粉は舞い上がるんですね・・・・。　お話しできるのはせいぜいこの程度ですが、これで『パウダー化』の所作をなんとなく感じて下さい。<br />私たちにとって 幸せ の一つの側面には、うす々知っていてもそれ以上は詮索しないで、後は『任せて』考えない！ということも一つの生きる知恵としてあるのではないでしょうか？<br />欲得だけでお骨を自分で云々し、大事なものまで失わないでくださいませ・・・・・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">3-NO9-33 <br />自然葬のこと（山林散骨/海洋散骨/樹木葬）　九　歴史　A<br /></font>　ところで自然葬という言葉の持つ広い意味は 風葬／鳥葬／水葬／火葬／土葬 などのいわゆる葬儀方法一般であり、散骨もその中の一つです。但し、墓石とカロウトを云々することはまた別の場面と考えられます。　つまり、ご遺体や遺骨が『循環する自然な状態に還ること』という意味であり、森羅万象に還さずに、保管収納しておくこととは正反対の方法だということになります。<br />風葬／鳥葬 は現代では馴染みのないものですが、昔にはそのまま故人を置いてきてしまう葬送もあり、京都の 『化野』 （あだしの-京都市右京区嵯峨鳥居）はその最たるものの一つです。今でこそ飲食店やみやげ物などがあり、観光名所となって遊び感覚で浮かれていますが、それはソレハ凄まじいところだったんですね・・・・・。考えてもみてください、遺体が常温で置かれているのですから、きれいにお骨になるまでは一体どうなのかと・・・。　今日では火葬に付して骨壷に納め、カロウトに収納することが当たり前で、大昔からそうだったように錯覚しています。　中にはお骨を カロウト に収め墓石を建てなければ 『供養できない！』 と騒いでいるご婦人がいらっしゃいますが、常識も文化習慣もおんなじ日本人の中でさえどんどん変化して留まりません。皆様くれぐれも『化』かされないように・・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">3-NO10-34 <br />自然葬のこと（山林散骨/海洋散骨/樹木葬）　十　歴史　B<br /></font>　さていろんな葬法の中で、現在言うところの『自然葬』は 散骨と樹木葬 に絞ってよいと思います。<br />日本で自然葬といえば『散骨と樹木葬』だという概念が定義されたのは、「葬送の自由を進める会」が発足した1991年2月の趣意書からだそうです。<br />それを受けた形で、この年に法務省と厚生省のそれぞれから公式見解が出され、ここに『自然葬　散骨』の<br />許可がおりることになりました。　当然３-NO 4-２８と２９で書きました、節度も持って公序良俗に反せず、近隣の住民感情が納得できるものという範囲は徹底して守らなければなりません。<br />最後に 自然葬 には二つの性格が見て取れることを書き添えます。<br />一つは故人やご家族のご意思を純粋に実現し叶えたいというもの。<br />二つ目には 里山の保護 という観点から推進、遂行しようというものです。<br />いろんな思いや理屈がありますが『供養』という果てのない世界です、いつも言いますが善悪ではなく『あなたが悔いのない方向』をしっかりと見定めていただきたいと思います。<br />どうぞ 静岡 吉祥寺 をお気楽にご利用くださいませ。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><br />※Assist by 　株式会社　日本情報処理　＆　池谷和久税理士事務所　URL　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a><br /></p>]]>
        
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    <title>(まとめ02)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--２--葬儀・お墓・供養と料金</title>
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    <published>2009-01-14T14:18:17Z</published>
    <updated>2009-01-22T14:23:06Z</updated>

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        <![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="283" alt="jyusyoku_kaku.jpg" src="http://www.kitijyouji.jp/mt/jyusyoku_kaku.jpg" width="199" /></span>(まとめ02)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--２--葬儀・お墓・供養と料金</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>静岡市吉祥寺(</strong></font><a href="http://www.kitijyouji.jp/"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>http://www.kitijyouji.jp/</strong></font></a><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>)</strong></font>の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。<br />富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、<br />身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。<br />[Assist by 　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a>　]</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>２葬儀・お墓・供養と料金</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">2-ＮＯ1-15 <br />葬儀・お墓・供養と料金 ・・・ 安い？高い？　一　独りで葬儀？<br /></font>　これまでに　◎ 供養に形はないこと　◎ 戒名に上下は無いこと　◎ 寄付や付け届けは本来自由であることを書いてきましたが、現実の支払いが絡む 『葬儀・お墓・供養と料金』 に関して考えてみたいと思います。<br />７-NO４-85では『平成の野辺送り』を 新見南吉の ごん狐 を例にして述べました。しかし、もし徹底した『ケチ』を実行しようとしている人がいたならば、葬儀も実費で済ますことができます。<br />これはモウ 葬儀 ではなく 火葬 のみということになりますが、病院から自宅に運ぶのも自分の車ですし、翌日まで安置する為のドライアイスも自分で買出すことになります。　死亡届や火葬許可書などの一切の手続きを済ませ、火葬場の時間も予約しなければなりません。　当日の搬送時には 棺と骨壷 が必須ですからこれも自分で手に入れて納棺し、当日は自分の車で火葬場に運ばなければなりませんが、ここまでできれば全て実費となります。　しかし、果たしてここまでたった一人で誰ができるでしょう？<br />恐らく本職でも遠慮すると思いますね。<br />それよりも、多くの場合は自分の濃い身内でしょうから、精神の平衡が保てるかどうかです・・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">2-NO2-16 <br />葬儀・お墓・供養と料金 ・・・ 安い？高い？　二　福祉葬の場合<br /></font>　人の世にはいろんな方がいらっしゃいますから、事前に徹底して調べ上げ、シミュレーションしておいて全部一人でこなす場合もあるかもしれませんが、平均的とは言いがたいでしょう・・・・。<br />すると次には『じゃあ、業者さんに頼んで一番安い場合はどんな感じですか？』と知りたくなりますね。<br />それが７-NO４-85の『福祉葬』といわれているケースに当たります。各市区町村によって差がありますが、税金から予算化されていて、静岡では￥14万程度です。<br />当てはまるケースは、市の福祉課に登録されて生活保護を受けている方、又は保護は受けていないが全く除籍謄本も取れなくて一切の身寄りがない方となります。　ただし、お花一本お線香ひとすじもありません・・・・・・・・。　　　福祉課には必ず身寄りが記録されていて連絡が行き、その気があれば故人の身寄りは参りますが、中には一切を拒絶するケースもあるそうです。<br />多くの場合、身寄りが多少の生花を備え線香くらいはあげるようですが、市で指定されたもの以外は全て自分たち身寄りの負担で賄うことになります。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">2-NO3-17 <br />葬儀・お墓・供養と料金 ・・・ 安い？高い？　三　福祉葬、その後は？<br /></font>　福祉葬の時でも稀に 『読経依頼』 が発生する場合もありますが、やはり相応の事情があって福祉課に<br />関わっていたのですから、そこには故人の生前の生き様と身寄りとの微妙な関係が影を落としております。<br />ある場合には故人が横になっているその場でさえあからさまな非難もありますし、愚痴もあります。<br />それでも『色々あったけど、ほったらかしにはできないからせめて火葬の時のお経だけでも・・・・・』という、人としての想いは尊いことではないでしょうか？<br />しかし、困るのはその後です。　　収骨後の後始末です・・・・・・。<br />身内が参列したら、火葬許可証には責任者の『喪主』が記載されますから、困ってしまうのです。持ち帰ってもこればかりはどうしようもありません。<br />静岡市の場合は恵まれていて、故人が静岡在住であったら市のサービスとして愛宕霊園の『永年預かり』が一霊￥10万で可能です！！　これなら例えば参列者が3人なら、1/3づつ分担すれば何とかなりますからOKですね・・・。　因みに 静岡 吉祥寺 のお骨預かりも静岡市と同じ\１０万ですが、メリットがあります！<br />まずは消費税が無いこと！　市では￥10万×2霊or３霊＝２０万or３０万ですが、静岡 吉祥寺 では<br />状況に応じて対応させていただきます！　市では供養はできませんが読経回向があります！<br />どうぞご利用くださいませ。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">2-NO4-18 <br />葬儀・お墓・供養と料金 ・・・ 安い？高い？　四　お骨の安住は？<br /></font>　この収骨後の『お骨の安住？』が一番大変なのです・・・・・・。<br />お経を読もうが読むまいが、ご遺骨だけは何とかしなければなりません。　しかし静岡市のような「お骨預かり」のサービスが何処にもあるわけではありませんから、そこに我々の企画と提案が活きてくることになります。<br />私どもは 『ご葬儀のプロデュースからご遺骨の安住まで』 を一括して捉え扱うべきだ！と提案していますが、このためには今までのように 葬儀社さんはココまで、坊さんはココまで、石屋さんはコレだけ、とぶつ切りの棲み分けでは対応できません！<br />『じゃあ、一体誰がトータルの世話ができるの？』と考えてきますと、『お寺』しかできないことに気づくのです。<br />なぜなら業者さんが行おうとすれば『ホントなの？裏があるんじゃない？』と思われかねませんし、供養や墓地に関しては「宗教法人」しか扱えないからです。　同時にお寺ゆえの利点もありまして、市の場合は袋に移して合祀されてそのままですが、お寺なら『読経供養』ができるという安心を付加できるからです・・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">2-NO5-19 <br />葬儀・お墓・供養と料金 ・・・ 安い？高い？五 葬儀からお骨の安住まで統括したお世話<br /></font>　このように『お寺が葬儀からお骨の安住までをトータルプロデュースする』ということは、時に顰蹙（ひんしゅく）を招くことさえありまして、ある業者さんや坊さん達から、『坊さんは坊さんらしくお経を勤めていればいいんだ！世事に首を突っ込むな！』 とやられました。 このような非難もチョっと見にはもっともらしく聞こえるかもしれませんが、本音は「商売を荒らされかねない」という、漠然とした恐れや、なんとなく引っかかる「従来のしきたりを破られる不快感」でしかありません。<br />「世事」とは世の営みであり人の暮らしでありまして、坊さんであれ総理大臣であれ無関係でいられるわけではありません。　　その営みが真に『一般庶民のため』になるということは取りも直さず『庶民の暮らし目線』でモノを見ることですよネ？　営利の追求と自分達だけの権益確保の為だけじゃあいけません！<br />特に今まではブラックボックスであった『葬儀・仏事・墓石』業界はしっかり考える時が来ているのです。<br />そして皆様も「イヤな事を先送り」せずに、このHPを介してしっかり下調べなさり、安心を手に入れてくださいませ。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">2-NO6-20　<br />葬儀・お墓・供養と料金 ・・・ 安い？高い？　六　普通の葬儀？A<br /></font>　さて、静岡 吉祥寺 の提案する 『お寺によるトータルプロデュース』 が実行されると、今までは分断されていた「葬祭業者／寺／石屋」の各権益が、トータルなサービスによって無駄がなくなると共に、皆様は正確な情報を手に入れて『選ぶ』事ができるようになります。<br />何故なら、裏の裏まで知り尽くした 静岡 吉祥寺 が皆様それぞれのご事情に添った選択肢をお示しさせていただけるからなんですね。　つまり、故人の希望や残されたご家族の思いを、お寺故に会社の『売り上げ』を気にせずに実現するお手伝いができるということなのです。<br />ところで、これまでに福祉葬まで書きましたがここまでを『普通の葬儀だよ』と言う人はまず居ないでしょう・・・・・。　では平成の『普通の葬儀』とはどんな感じになるのでしょうか？<br />答えは　☆ 会葬者の数で決まります　☆　となるのです！　すると、『エ！それってなに？どういうこと・・？』と思われるでしょうが、その理由を順番に申し上げます。　チョっと理屈っぽくなりますが、ヒトという生き物のややこしさを見る上でとても大切な事だと思いますのであえて書かせてくださいませ・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">2-NO7-21 <br />葬儀・お墓・供養と料金 ・・・ 安い？高い？　七　普通の葬儀？B<br /></font>　皆さん、葬儀も 儀式・式典 ですよね、結婚式や入学卒業式などとその本質に変わりはありません。<br />儀式にはいくつもの顔がありまして、一つには精神的な節目やけじめを自分も他人もつけると共に、私たちの内面の組み換えを促して次の人生が滞りなく送れるきっかけとなる、という顔です。<br />二つ目には自分も参加者も互いに 『見られている』 という状況が特殊な限られた時間と空間で発生し、<br />そのストレスと 縛り が逆に『世間に受け入れられた・認知された』こととなり、『安心』に繋がってゆくという内面の構造でしょう。<br />　ごんぎつね　の時代なら「向こう三軒両隣」の隣組が積極的に参加して、喪主 ひょうじゅう の家に似合った形を、その場所その時の文化と常識に合わせてセッティングしました。<br />いろんな小道具も喪服に近いものも、食事も何もかもが『不幸』の節目をつけるように差配されます。お陰で　ひょうじゅう はその悲しみや切なさを、儀式と仲間を通じて背中を押されるように乗り越えて行けましたし、『お付き合い』での 恥も礼も 欠くことなく無事に歩けたのです。<br />これが 儀式や式典 が持つ主な顔と意味合いでしょうし、ヒトがかような営みをなさねば 生き難い というややこしい生き物であることも透けて見えるかと思います。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">2-NO8-22 <br />葬儀・お墓・供養と料金 ・・・ 安い？高い？　八　普通の葬儀？C<br /></font>　もうお分かりでしょうが、 平成の『普通の葬儀』が ☆会葬者の数で決まります☆ ということは、どのような人が参列するかで、その内容がすっかり変化してしまうということなのです！<br />例えば民生委員を20年務めた方がいて、本人は家族だけのつつましい葬儀を望んでいたとしましょう。<br />ご本人の希望と意思をかなえる為には残されたご家族が相当に覚悟をし、事前に下調べをしておかないと実現はまず不可能なんです。<br />危篤だよ！という亡くなる前後のご家族等の状況は、いくら平静を装っても隣近所から町内会長まで、すぐに知れてしまいます。　すると お付き合いや礼儀・しきたり・常識 が顔を出して、いっきに会葬者はザラ100人規模となるでしょう。　そして会葬者に肩書きをぶら下げた方が多ければ多いほど、「つつましい」どころか 派手っぽく しなくては収まりが付かないのが今の世の中です。<br />　福祉葬が必要最低限のものとすれば、上記の場合は100人以上収容可能な会場から、供えられる生花や供物の数、お返し引き出物、会食とどんどん膨らむこととなり、葬儀業者さんへの支払いは300万規模となってしまいます。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">2-NO9-23 <br />葬儀・お墓・供養と料金 ・・・ 安い？高い？　九　普通の葬儀？D<br /></font>　では、つつましく という故人の希望をかなえた場合はどうなのか？というと次のような感じとなるでしょう。<br />◎故人は自宅に戻らず直接会場に搬送する<br />◎会葬者はご家族とご親族で（4人家族で子供も所帯を持ち孫もいる）30人前後、町内関係も仕事関係も一切訃報は流さない。<br />◎式場はホテル並みではない会場を一泊二日で使用<br />◎会食と引き出物はごく普通、お香典も親族だからと気張らない約束とする。<br />◎祭壇もお花を中心に抑え目にし、全ての必需品を必須品のみにする<br />◎霊柩車も市営を使用する<br />この規模ですと今の静岡市でしたら、<br />△会場費　生花飾り　小道具　諸経費　が￥45万<br />△飲食引き出物は、お香典と相殺されますから￥0と考えてOKです<br />△後は　お経と供養　ですが吉祥寺では　￥25万程度　です<br />すると　総計　￥70万　が葬祭業者とお寺への総支払額となります。<br />もちろんこの金額は皆様のご事情にそっていかようにも対応可能です！！</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">2-NO10-24 <br />葬儀・お墓・供養と料金 ・・・ 安い？高い？　十　普通の葬儀？E<br /></font>　まとめますと、福祉葬を原点にしての葬儀社支払額は参列者の数と肩書きで会場の規模が決まり、内容はそれに沿っていかようにもなるということです。<br />具体的には、福祉葬 ￥14 +会場+生花+諸経費＝￥25～￥30　が出発点となり、（参列4～5名以下）<br />つつましくご家族だけの一泊二日の通夜葬儀が　￥40万で充分可能となります。<br />後は、キリがありません・・・・・・。ご予算を含め、ご事情に添ってどのような形も可能ですから、安心してください。ただ、葬儀というものは事前準備がし難いし、突然が多く精神に掛かる負担は並みじゃありませんから、周りから アアだコウだと 言われたら「恥ずかしいこと、みっともないことはできない！」という気になってしまい、ついつい内容が膨らんで後日の精算時に臍を噛むことになってしまいます。<br />くどいようですが、このブログをご覧になったらどうぞ気楽にご相談ください。何よりも 『転ばぬ先の杖』 事前準備が第一なんですよ！</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><br />※Assist by 　株式会社　日本情報処理　＆　池谷和久税理士事務所　URL　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a><br /></p>]]>
        
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    <title>(まとめ01)静岡市吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」--１--法事や年忌のこと</title>
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    <published>2009-01-13T13:54:56Z</published>
    <updated>2009-01-22T14:09:35Z</updated>

    <summary><![CDATA[&nbsp; (まとめ01)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市...]]></summary>
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<p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="283" alt="jyusyoku_kaku.jpg" src="http://www.kitijyouji.jp/mt/jyusyoku_kaku.jpg" width="199" /></span>(まとめ01)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市などで活躍する吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>静岡市吉祥寺(</strong></font><a href="http://www.kitijyouji.jp/"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>http://www.kitijyouji.jp/</strong></font></a><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>)</strong></font>の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。<br />富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、<br />身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。<br />[Assist by 　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a>　]</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>１法事や年忌のこと</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">1-NO1-1　</font></strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">法事や年忌のこと　一　数え年<br /></font>　なんと申しましても一番身近な仏事は法事や年忌ですのでそのことを書いてみましょう。<br />ご存知のように仏事の供養は 数え（かぞえ） で行われます。具体的には、H20に亡くなれば翌年H21が1周忌でH22が3回忌となります。満2年目が かぞえ の3年目となるわけです。<br />何時ごろからこうなったのかは定かではないですが、太陽暦や満年齢での数え方の定着が明治以降のことを考えますと、日本人には かぞえ がずーっと長いこと普通であって、それが自然に仏事供養に流れ込んだと思えます。　というよりも、仏教的には 『お母さんのおなかに1年宿っているから・・・』 と言われていますから、<br />日本人の 数え年 の習慣がちょうど仏教的見方に重なった為、ということでしょうか・・・。　<br />ところで法事や年忌を勤めるとき問題になるのが 『その範囲まで声をかけるか？』 ということです。　うるさい親戚がいるとチョっとの一言でこじれることもありますから神経を使います。しかし言い方一つでうまくまとめられます。　☆ここで年忌法事の魔法の言葉を内緒でお教え申しましょう☆☆こうです・・・<br />　『今回はごく内輪でお勤めさせていただきますが、？回忌の時には是非お焼香いただければ・・と存じます』<br />と事前に根回しをなされば、うるさいご親戚にも受け入れられること確実です！！</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">1-NO2-2　</font></strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">法事や年忌のこと　ニ　日取りの選定<br /></font>　お盆のことを書いた時にも、7月盆や一日盆・8月盆もやはり『生き仏』の都合ですよ、と申しましたが年忌や法事の日取りもそうなのです。　理想的には祥月命日（しょうつきめいにち　立ち日）という、故人が亡くなったその月その日に勤めるのがベストでしょう。<br />しかし、日常生活は 仕事 に縛られますから、ピタリと祥月命日に勤められるはずがありません。従って 『粗末にしたり軽んじたりした』 と感じられないように、早め々の土曜日曜などを利用して決められるというわけです。立ち日より遅れると気が悪いという感覚ですね・・・。　因みに亡くなって一番最初に勤めるのが 49日or忌明けor大練忌 といわれるものですが、大体35日前後に勤めることが多いようです。<br />またこの時は葬儀が終わったばかりなので、関係者の往来も大変ですし、葬家自身も疲れの出る頃なので、ごく内々で勤められることも増えていますネ。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">1-NO3-3　</font></strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">法事や年忌のこと　三 享年や行年<br /></font>　享年（きょうねん）や行年（ぎょうねん）と言いますが、これは満年齢ではなく かぞえ です。<br />享は うける ですから 享年は『天から授かった年月』ということですし、行年は 娑婆（しゃば）で過ごした年月を表し、共に かぞえ が前提です。　つまり12月31日に生まれればその時に 1歳、翌日の1月1日で2歳ということになりますし、元旦に生まれればその時1歳で翌年の元旦で2歳となります。<br />ところが、満年齢表記が定着した今日は、仏事の世界でも変化をもたらしていまして、白木の位牌にも 享年（行年）○○歳 と書いても、喪主が満年齢を強く希望なされれば「満年齢」を書くようになってきました。　特に40台とか50や60台のご婦人では 『少しでも若くいて欲しい』 というような感情でしょうか？満年齢表記になりやすいようです。　　また不幸にも生まれてすぐとか、1年未満で旅立ってしまう場合も「天寿とはとても言えないヨ」ということで、『享年 当歳』 と書くこともあります。　享年や行年という本来の意味はそれとして<br />コトバの宿命でしょうね、変化を止めるわけには参りません・・・・・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">1-NO4-4　</font></strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">法事や年忌のこと　四　何回忌まで？<br /></font>　皆さん、仏事の供養を丁寧に勤めたらどれほどの回数になると想像されますか？<br />葬儀終了後より片端からあげていきますと、49日までの7回、　百か日／1周忌　／3回忌以下、7/13　/17/21/23/25/27/33/37/50 の20回にもなります。<br />その他、丁寧には毎月の命日に月参りといって、坊さんに自宅にお経に来てもらい、祥月命日には上記の忌日に当たっていなくても、普通の月より丁寧な供養を勤める地方もあります。これは大変ですよ・・！　まず無理ですね。　平均的には、49日（忌明け）／1周忌／3回忌まで勤められることが多く、後は適宜7　13　17　33の4回くらいが多いようです。<br />また1-NO１でも書きました「魔法の言葉」じゃありませんが、49日の忌明けは家族だけ、というのも増えていますし、1周忌と3回忌のどちらかを丁寧に勤め、片方は家族だけで供養することも多くなっています。<br />丁寧に越したことは無いのでしょうが、供養の世界はキリがありません。　上手に無理のない範囲で考えたいものですね。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">1-NO5-5　</font></strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">法事や年忌のこと　五　塔婆や弔い上げ　A　源は？<br /></font>　現在多く見られる墓地に建つ板の塔婆（トーバ）の源はインドの＜ストゥーパ＞を音写した、卒塔婆（ソトウバ）に始まります。ストゥーパ はお釈迦さんの遺骨を祭った仏舎利塔のことですが、亡くなられてから8カ国に分骨されてそれぞれ丁重に仏舎利塔を建立し供養が為されたと言われています。<br />それから中国の仏塔に伝わり、日本の五重塔や五輪の塔に引き継がれ、現在の板塔婆に落ち着いたのです。　今日目にする板の塔婆の頭にギザ 々 がありますが、あれこそ 五輪塔 を縦に薄切りにした名残なのですね。　その他、石の板トウバや鉄製の板トウバもあるそうですが、私は残念ながらまだ実際には見ていません・・・・。<br />　つまり、塔婆は 『お釈迦さんの遺骨を祭った仏舎利塔』 が五輪塔に集約変化し、象徴され、その力に『守られ・包まれて安住する』というイメージから普及したものと思われます。</strong></font></p>
<p><strong></strong>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">1-NO6-6　</font></strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">法事や年忌のこと　六　塔婆や弔い上げ　B　建てなければいけないの？<br /></font>　いつも 供養にカタチはないですよ！ と申し上げていますが塔婆も同じです。<br />建てる建てないは地域によってそれはマチ々なんですね。東京圏ですと、どういうわけか6尺という（約180㎝）長い塔婆を年忌に参列した人全員が一人1本ずつ建てさせられますから壮観です！<br />確か江戸末期から明治期の話だったと思いますが、墓地に一杯になった塔婆の処理に困り、もったいないからといって、垣根にしていたといいますから驚きますが、同じ 勿体ない でもチョっとちがうでしょう！と申したいところじゃないですか？<br />私のいる静岡は余りうるさくないようでして、墓地にも「塔婆建て」というアイテムを装備している墓所と無いところが混在してますね。　私たち坊さんは 『故人様へのお手紙ですから・・・』 と誠にうまいことをいいますが、届いたかどうかは言っている本人だって見てきたわけじゃないのですから、怪しいもんですよね。　マ、しかし方便とも言いますし、年忌供養のメモリーとして目にも留まり確認もしやすいし、気分も清々しますから、参列者全員はともかく、坊さんに言われて仕方なく塔婆を上げるのではなく、記念に1本はいいかもしれません・・・・・・？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">1-NO7-7　</font></strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">法事や年忌のこと　七　塔婆や弔い上げ　C 白木の位牌など<br /></font>　順序がちょっと遅れましたが、葬儀の時に短い白木の塔婆が7枚あるのをお気づきの方も多いと思います。これもサイズが違うだけで今まで書いてきました塔婆と一緒のものです。<br />なぜ7枚もあるの？と聞かれますが、49日の忌明けまで七日ごとの節目に、この塔婆を1本ずつ持って墓参りをする為のものなんです。　じゃあ、お墓がまだ無い人はどうするの？となりますが、ここに二つの見方があります。　一つは 『あっても無くても関係ない！七日ごとに家でお参りすればいい』 というもの。<br />もう一つは 『煩雑になるし、迷う元だから用いない』 というものです。　葬儀の時に、2本用意する白木の位牌もそうですが、みんな『土葬』時代の名残なんです。土葬の時は白木位牌も塔婆も野ざらしであり、自然に朽ち果て土に還っていました。　しかし、火葬が99%以上の今日ではそのまま墓地には置いてはおけませんから、最後は焼却します。　そんなことを考えますと私は時代に合わせ、資源やエコを含め白木の位牌が1本あればよいと考えていますがいかがでしょう・・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">1-NO8-8　</font></strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">法事や年忌のこと　八　塔婆や弔い上げ　D　榊(さかき)の塔婆と弔いあげ<br /></font>1-NO４で書きましたが、昨今は33回忌が最終年忌法要と受け取られてきています。しかし昔ながらに 37回忌をやり最後の50回忌に 『神あがり』 といって、山から切ってきた『榊』の皮をむいてそこに戒名を書いて供養することが行われる地方があります。<br />つまり、50年経って故人は古きご先祖と一緒の 神さん になったというのです！！平たく解説すれば、50年の間は仏事で懇ろ（ねんごろ）に供養して み霊 を鎮めます。そして安らかに清められて祖霊の仲間になれたということです。　なんと、仏事と神さんが合体してしまうのです・・・。<br />ご承知のように 榊 は神さん専用ですし、仏事には 樒（しきみ）が通常ですが、あえて墓地に榊の塔婆を建てるのですから、初めて見る人には大きなカルチャーショックとなりかねません。 ところがどういうわけか、私たちの中には 仏事で供養して『鎮め・清める』という感覚があるんですねえ・・。<br />不思議なことですが、次にちょっと触れてみましょう。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">1-NO9-9　</font></strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">法事や年忌のこと　九　祖霊と仏事のこと<br /></font>　50年目に榊の塔婆で神になる！　という素朴な想いに垣間見られる心象風景は、当（まさ）に 日本人 を髣髴（ほうふつ）とさせるものがあります。<br />なにものでも　おおらかに、しなやかに、したたかに 受け入れ融合してゆく柔軟さでしょうか・・・・。　同時に奥底に流れる 『私は自然の一部であり、授かったイノチなんだ』という感覚から導かれます、ご先祖と自分の関わりを、連綿とした繋がりとして感じ、ご先祖は浄化した み霊 であり子孫を見守る 氏神様 なんだ！という想いでありましょう。　四季の変化に身をゆだね、稲穂という主食を糧に培われた、日本という風土とは切っても切り離せない独特の自然観であります。<br />一方仏教での 世界と私 の捉え方をひと言で言いますと 『世界も自分も 縁 の集まりだ！』 となりますから、私たち日本人が昔から持つ 『自分たちは自然の一部であり、授かったイノチ』 という感覚と、ぴたりと重なります。　つまり私たちの中にある　氏神さんご先祖さん　は、全く別の宗教の枠で厳格に区分されているのではなく、感じ方捉え方の根っこは同じということなのです。<br />こんなところにもこれだけ仏教が日本に根付き定着した原因が察せられるのではないでしょうか？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">1-NO10-10　</font></strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">法事や年忌のこと　十一 いろんな用語 A祥月（しょうつき）<br /></font>　祥月命日といいますが、始めは『正月命日』かと思っていたこともありました。<br />仏事になぜ 『祥』 というような めでたい　意味の漢字が当てられているのか実に不思議なことですが、謂（いわ）れを尋ねると納得できます。そもそもこれは 儒教 の考え方だったのです！<br />儒教では死後13ヶ月が厳しい服喪期間で、更にもう一年、都合満2年目に完全な喪明けとなり、祭りごとが終了します。<br />従って衣食住に渡った節制がとれ自由な日常に戻れるのですから、めでたい 祥 なのですね。いってみれば精進潔斎や断食期間がやっと終わった！というほっとした状況です。でも微妙に日本とは違って、お国柄でしょうか、非常にさばさばした感じ方のように思いませんか？、<br />これがそのまま仏教伝来とあいまって融合し、祥月命日が定着したということなのです。むしろ日本人的には『故人との別れというキツイ出来事を無事乗り切って、1年過ごせた・・』という感謝の意味での『良かったね』という 祥 であろうと思っておりますが・・・・いかがでしょうか？<br />同様に　49日＝大練忌 も 百か日＝卒哭忌 も儒教の風習が取り込まれました。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">1-NO11-11　</font></strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">法事や年忌のこと　十二 いろんな用語 B大練忌　卒哭忌<br /></font>　大練忌（だいれんき） は49日の忌明けのことです。訓読みすれば 大きく練（ね）る（ねられる） と読めますね。 ご遺族は亡くなった日から七七 49 まで一日として故人様を忘れる日は無いわけでして、その毎日の思いが大きく練り合わさった・・・・という意味や想いがこの字に込められていると思われます。<br />余談ですがこの49日の忌明けにお供えされるお餅は当に故人様への思いを「つき込める」という意味となります。そして法事後の精進落しの席で参列者にこのお持ちが配られることも行われます・・・・。<br />また、卒哭忌（そっこくき） は 百か日 のことです。地方によってまちまちですが、静岡市では余り勤めているという話は聞きません。 「人のうわさも七十五日」と言いますが、旅立って3ケ月の余（100日）経つわけですから、ようよう落ち着きを取り戻しつつある頃でしょうか・・・・？　訓読みの通り　慟哭することを卒業する 忌日の意味となります。　実によくできた呼び方です・・。　昔の先達方の 人の心の機微 と言いますか 人間観察 といいますか、すごいナアと感じますがいかがでしょう・・・？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">1-NO12-12　</font></strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">法事や年忌のこと　十三 いろんな用語 C 中有　<br /></font>　中有（ちゅうう）又は中陰（ちゅいん）という考え方があります。　何かと言うと、亡くなった日から49日までの間の事でして「宙ぶらりんの状態だ」というイメージです。<br />この 中有 に関しては俗に 『故人は住みなれた家の棟にいるんだよ・・・』 とよく言われておりますが、マニュアルからの答えは 『死んでから次に生まれ変わるまで、懇ろに供養しないとよりよい生まれにつけないよ』 と言えると思います。つまり『六道輪廻』というインドで生まれた考え方に根ざしています。<br />戦後の教育に育った世代には受け入れがたい 迷信っぽい 見方になってしまいますが、頭から拒否してしまわずに、こういう表現に込められた日本人の想いや感性を大事にしておきたいと思うのです。<br />本当にそうなのかどうか！と無意味な答えの出ない コトバ遊び のような議論は置いておき、辛く悲痛な故人への想いを乗り越える為の表現の『アヤ』として捉え、同時に故人に対して『何かせずにはいられない！』という想いの発露だと受け取りたいと考えます。<br />人は弱いものです、何かのきっかけを・節目を作って乗り越えるしかないことを見ておきたいと思います。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">1-NO13-13　</font></strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">法事や年忌のこと　十四 いろんな用語 D 十三仏？<br /></font>　皆様の中には葬儀の時から、仏さんがたくさん描かれている掛け軸をご覧になった方も多いと思います。<br />合計十三の仏菩薩でして、それぞれの仏さんの内訳は、49日までの七日ごとに一人ずつ計7仏、百か日、<br />1周忌　3回忌　7　13　33の各回忌に一人ずつ計6仏、合計十三仏となっています。<br />源流は中国の道教であり、その中の『十王信仰』というものだといわれています。　平たく言えば、生前の業績が十人の王によって裁かれるということのようです。　有名な 閻魔大王 は5回目の七日目（ちょうど35日目）に登場してきますが、10人の裁判官の中でたまたま一番有名になっているのが　閻魔さん という訳です。　そんなこんなで、長い年月を経て、江戸時代に各十人の大王それぞれに仏菩薩が仮託されて、10の仏ができ、更に3人の仏が増えて最終的に 十三仏 が完成したということのようです。<br />庶民のエネルギーなのか、宗教者の営業努力なのかはわかりませんが、恐らくその両方が響きあいキツイ世相を生き抜くための拠り所としていったのでしょうねえ・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">1-NO14-14 </font></strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">法事や年忌のこと　十五　まとめ<br /></font>　さて1-NO１から書いてきました 法事や年忌の話 をまとめておきます。<br />前回の最後に『キツイ世相を生き抜くための拠り所としていった』と書きましたが、多くの庶民にとって重要なことは、難しい理論＝教義とか、坊さんや檀那寺の格式などではなく、今のキツイ現実を乗り越えてゆく拠り所なのですが、これは平成の世でも原理的に全く差は無いと思えます。<br />これだけ科学が染み渡り電子レベルの情報が錯綜する今日でも、弱き心のグレーゾーンは一向に変化していません。むしろ価値観が多様化しすぎた反動として、逆に人は拠り所を見つけられなくなり、不安と心の隙間を埋めたくて、仲間を求めて『宗教的集団活動』に参加し始めております。　信仰という名の下に、狂気と紙一重を歩むように見えるのですが、いかがでしょう？<br />そんな中で、私はあえて申し上げたい。<br />△　『お経を読まなくても、塔婆を立てなくても』 供養 はできます！<br />△　『坊さんに言われたから仕方なくやる』　そんな 供養 はおよしなさい！　と・・・・・。<br />皆さん 『お経を読むな！！塔婆を建てるな！！』 じゃないですよ。<br />それもこれも、みな一つの表現のアヤに過ぎないのですから・・・・・・・。　そうではなく、供養 も自らの生き方の一部として捉えていただき、『悔いなく、後ろ髪を引かれない』ような歩き方をなさって欲しいと思うのです。</strong></font></p>
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    <title>(第110話)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市などで活躍する吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」</title>
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    <published>2009-01-09T14:51:57Z</published>
    <updated>2009-01-13T14:55:24Z</updated>

    <summary><![CDATA[&nbsp; (第110話)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市...]]></summary>
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        <![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="283" alt="jyusyoku_kaku.jpg" src="http://www.kitijyouji.jp/mt/jyusyoku_kaku.jpg" width="199" /></span>(第110話)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市などで活躍する吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>静岡市・吉祥寺(</strong></font><a href="http://www.kitijyouji.jp/"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>http://www.kitijyouji.jp/</strong></font></a><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>)</strong></font>の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。<br />富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、<br />身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。<br />[Assist by 　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a>　]</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>＜第110話＞</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong><font style="FONT-SIZE: 1.25em">◎お墓（墓地）と分骨／位牌など<br />C</font><font style="FONT-SIZE: 1.25em"> 分骨や位牌／仏壇など　9　墓石を洗うこと</font></strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>お墓参りはそれぞれご事情があり、<br />それこそ<br />雨の日も<br />風の日も<br />毎日お参りして<br />「般若心経」を上げてゆく方もおります。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>故人との関係については<br />どういう形がベストだ<br />とは言い切れませんが、<br />私はよく逆説的に</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>『できれば皆さん、<br />ア、線香あげるの忘れちゃったヨ・・<br />でもマいいか明日で<br />・・・という日が<br />一日でも早く来ることを願っています』</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>---と申し上げています。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>供養は本当にキリがありません、<br />どこまで丁寧にしても<br />しすぎることはありません。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>でも<br />皆さんの故人への想いも、<br />時間と共に<br />その質が変わり<br />日常に溶け込んでくるようになることは<br />よくご存知ですね。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>決して<br />思い出や別れの辛さがなくなることは無くても<br />その質が変わってくるのですね・・・・。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>そして、<br />その頃になると<br />ようやく<br />『そうだよね、<br />自分が元気でしっかりと<br />生きてゆくことが<br />一番喜んでくれるよね・・』<br />--と得心できるのだと思われます。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>そうしますと<br />お墓参りも、<br />毎月の命日には必ず出かけたのが<br />チョっと間が空くようにも<br />なるかもしれませんね？</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>でも、<br />それでいいのじゃないでしょうか？</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>すると、<br />今月は必ず行かなくちゃ、<br />そして<br />しっかり掃除してやらなきゃネ・・、<br />となりまして<br />墓石も入念に拭きあげられますが、<br />この墓石の手入れに迷う方が<br />いらっしゃいるのです・・・。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>「方丈さん、<br />墓石に磨き粉つけて<br />金ダワシでこすっているのを見たけど<br />そこまで<br />せにゃいかんかネエ？」<br />--というわけです・・・・。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>これも<br />土葬の時を思い出していただければ<br />およその見当はつくかと思いますが、<br />その当時の墓石は<br />『草葉のかげ、苔むす標』<br />でしたし、<br />墓標自体も<br />研磨加工は現代のような状態であるわけがないのですから、<br />ザラ々して布でぬぐうことすら引っかかって大変でしょうし、<br />手桶一杯の水が精一杯であったろうと思われます。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>しかしながら、<br />今のように<br />きれいな表面の墓石が微妙に<br />くすんでゆくのを見てどう感じるか？</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>これも<br />美意識というか感性というか<br />なんとも線引きに困るところですねえ。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>結論は、<br />ご自身にプレッシャーをかけすぎない程度にホドほどに<br />・・・ということでしょうか？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><br />＜法要の流れの理解に役立つ仏事用語集＞</p>
<p>&lt;h2&gt;初七日(しょなのか)&lt;/h2&gt;<br />ご死亡後７日目にあたる日に行う法要です。<br />&nbsp;中陰の期間（四十九日）の間は、七日ごとに集まり、 &lt;h2&gt;初七日(しょなのか)、二七日(ふたなのか)、<br />三七日(みなのか)、四七日(よなのか)、 五七日(いつなのか)、六七日(むなのか)、七七日(なななのか)&lt;/h2&gt;]の順に法要します。<br />僧侶に読経してもらい、招いた人に焼香していただき、茶菓や精進料理などで接待します。<br />近ごろは、省略して、告別式のお経に引き続いて初七日のお経をあげるケースが増えているようです。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;四十九日(しじゅうくにち)＝七七日(なななのか)&lt;/h2&gt;<br />法要の中でも四十九日の法要は、とりわけ重要です。その理由は、故人の行き先が決定する大切な日だからです。<br />この期間に十分な供養・法要を行なえば、故人は成仏でき、極楽浄土で幸福な余生をおくれると考えられています。<br />そのため、四十九日には、家族や親族のほか、故人と縁の深かった方々を招いて法要を営みます＞<br />四十九日までが忌中(きちゅう)。忌中期間は結婚式などお祝いごとや神社への参拝などは控えるようにします。<br />喪(も)に服していた遺族は日常生活にもどれまる忌明(きあ)けとなります。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;本位牌(ほんいはい)&lt;/h2&gt;<br />白木の位牌(いはい)は仮のものなので、四十九日の法要の時に菩提寺(ぼだいじ)に納めます。<br />そのため、戒名(かいみょう)の文字を入れた本位牌は四十九日までに用意する必要があります。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;納骨(のうこつ)&lt;/h2&gt;<br />四十九日の法要と合わせて納骨を行う場合が多いようです。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;初盆・新盆(はつぼん、にいぼん、しんぼん)&lt;/h2&gt;<br />四十九日の法要後、初めて迎えるお盆の事です。<br />新盆は故人の霊が初めて帰って来るので、家族や親戚、故人と親しかった方々を招き、 普段のお盆より丁寧に供養を営みます＞</p>
<p><br />&lt;h2&gt;年忌法要(ねんきほうよう)&lt;/h2&gt;<br />亡くなった翌年の命日を一周忌といい、法要を営みます。<br />その後は、<br />&lt;h2&gt;三回忌（満2年目。死去した年も入れて数える）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;七回忌（満8年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;十三回忌（満14年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;十七回忌（満18年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;二十三回忌（満24年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;二十七回忌（満28年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;三十三回忌（満34年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;五十回忌（満51年目）&lt;/h2&gt;、<br />の法要を営みます。<br />最近は命日ではなく、出席しやすい土・日曜日に行うことが多くなっています。<br />その際は、命日より前に行うのが通例ですので注意が必要です。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;散骨&lt;/h2&gt;<br />焼骨をそのままの状態でまくのではなく、細かく砕粉して、散きます。<br />散骨に当たっては、「墓地埋葬に関する法律」や「遺骨遺棄罪に反しない程度」に節度を持って 適法に行うことが必要です。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;自然葬&lt;/h2&gt;<br />「自然に戻りたい（帰りたい）」と言う「自然回帰志向」が強い人が増え、 その考え方に合わせた葬儀の方法。<br />具体的には、&lt;h2&gt;海洋葬、樹木葬、富士山の見えるお墓、山林散骨、海洋散骨&lt;/h2&gt;などがある。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;海洋葬、海洋散骨&lt;/h2&gt;<br />故人や遺族の希望に基づき、船やヘリコプター、飛行機などを用いて、海に散骨すること。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;樹木葬&lt;/h2&gt;<br />墓石の代わりに、樹木を墓標にして、直接土中に遺骨を埋葬する方法。<br />一般的には、お寺等の墓地認定された山林に納骨する。</p>
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    <title>(第109話)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市などで活躍する吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」</title>
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    <published>2009-01-07T16:02:15Z</published>
    <updated>2009-01-07T16:09:18Z</updated>

    <summary><![CDATA[&nbsp; (第109話)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市...]]></summary>
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        <![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="283" alt="jyusyoku_kaku.jpg" src="http://www.kitijyouji.jp/mt/jyusyoku_kaku.jpg" width="199" /></span>(第109話)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市などで活躍する吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>静岡市・吉祥寺(</strong></font><a href="http://www.kitijyouji.jp/"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>http://www.kitijyouji.jp/</strong></font></a><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>)</strong></font>の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。<br />富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、<br />身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。<br />[Assist by 　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a>　]</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>＜第109話＞</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>◎お墓（墓地）と分骨／位牌など<br />C 分骨や位牌／仏壇など　8　供花のこと</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>最近の墓参りをしていて<br />『造花』<br />が目に付くようになりました。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>技術の進歩でしょうねえ、<br />その精巧な細工は<br />チョット見には<br />本物と全く判らないものさえあるのです。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>花のほかにも<br />樒（しきみ）も<br />榊（さかき）も<br />ありまして、<br />紫外線や雨風に劣化しないように<br />コーティングを施すものもあります。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>お盆の飾りであるナスの牛に<br />キュウリの馬が<br />新幹線<br />や<br />スペースシャトル<br />になっているケースもあるのですから、<br />このような変化も当然なのでしょう・・・・・・・。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>しかし、<br />未だに怒り出す住職もいますから<br />気をつけてくださいませ！</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>また<br />住職だけでなく<br />お参りする人の中にも疑問を感じ<br />「方丈さん、生花でなくてもいいのかねえ？<br />なんか粗末にしているように見えて、<br />手抜きといわれそうだよ・・・」<br />と聞いてくる人もいます。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>考えてみますと、<br />第91話でも書きましたが<br />故人にお花を供えるという行為は、<br />ネアンデルタール人も<br />していたわけですし、<br />人として<br />自然の発意であり<br />厚情の証でもあります。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>檀家制度が始まり<br />土葬が広まったころには<br />今のような専門の花屋さんなんかないですから、<br />手近な花を摘み<br />樒を手折って<br />そなえたものでしょう・・・。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>今は季節のものであろうが無かろうが、<br />お花屋さんから気に入ったものを<br />購入してお供えしますが、<br />改めて<br />見直せばこっちの方こそ<br />「本末転倒」<br />といわれるかもしれません！</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>要するに<br />『供養にカタチは無い！』<br />のですから、<br />より広い想いで見たほうがよさそうですね・・・・。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>小さい声で白状しますが、<br />私も最初は馴染めなかったのです。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>結局は自分が慣れ親しんだ習慣が一番だ！<br />という常識に捕まっていただけでした。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>花立に赤茶けて<br />半分腐りかけたものが<br />供えてあるより余程いいのかもしれませんよ・・・・！？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p>＜法要の流れの理解に役立つ仏事用語集＞</p>
<p>&lt;h2&gt;初七日(しょなのか)&lt;/h2&gt;<br />ご死亡後７日目にあたる日に行う法要です。<br />&nbsp;中陰の期間（四十九日）の間は、七日ごとに集まり、 &lt;h2&gt;初七日(しょなのか)、二七日(ふたなのか)、<br />三七日(みなのか)、四七日(よなのか)、 五七日(いつなのか)、六七日(むなのか)、七七日(なななのか)&lt;/h2&gt;]の順に法要します。<br />僧侶に読経してもらい、招いた人に焼香していただき、茶菓や精進料理などで接待します。<br />近ごろは、省略して、告別式のお経に引き続いて初七日のお経をあげるケースが増えているようです。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;四十九日(しじゅうくにち)＝七七日(なななのか)&lt;/h2&gt;<br />法要の中でも四十九日の法要は、とりわけ重要です。その理由は、故人の行き先が決定する大切な日だからです。<br />この期間に十分な供養・法要を行なえば、故人は成仏でき、極楽浄土で幸福な余生をおくれると考えられています。<br />そのため、四十九日には、家族や親族のほか、故人と縁の深かった方々を招いて法要を営みます＞<br />四十九日までが忌中(きちゅう)。忌中期間は結婚式などお祝いごとや神社への参拝などは控えるようにします。<br />喪(も)に服していた遺族は日常生活にもどれまる忌明(きあ)けとなります。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;本位牌(ほんいはい)&lt;/h2&gt;<br />白木の位牌(いはい)は仮のものなので、四十九日の法要の時に菩提寺(ぼだいじ)に納めます。<br />そのため、戒名(かいみょう)の文字を入れた本位牌は四十九日までに用意する必要があります。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;納骨(のうこつ)&lt;/h2&gt;<br />四十九日の法要と合わせて納骨を行う場合が多いようです。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;初盆・新盆(はつぼん、にいぼん、しんぼん)&lt;/h2&gt;<br />四十九日の法要後、初めて迎えるお盆の事です。<br />新盆は故人の霊が初めて帰って来るので、家族や親戚、故人と親しかった方々を招き、 普段のお盆より丁寧に供養を営みます＞</p>
<p><br />&lt;h2&gt;年忌法要(ねんきほうよう)&lt;/h2&gt;<br />亡くなった翌年の命日を一周忌といい、法要を営みます。<br />その後は、<br />&lt;h2&gt;三回忌（満2年目。死去した年も入れて数える）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;七回忌（満8年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;十三回忌（満14年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;十七回忌（満18年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;二十三回忌（満24年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;二十七回忌（満28年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;三十三回忌（満34年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;五十回忌（満51年目）&lt;/h2&gt;、<br />の法要を営みます。<br />最近は命日ではなく、出席しやすい土・日曜日に行うことが多くなっています。<br />その際は、命日より前に行うのが通例ですので注意が必要です。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;散骨&lt;/h2&gt;<br />焼骨をそのままの状態でまくのではなく、細かく砕粉して、散きます。<br />散骨に当たっては、「墓地埋葬に関する法律」や「遺骨遺棄罪に反しない程度」に節度を持って 適法に行うことが必要です。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;自然葬&lt;/h2&gt;<br />「自然に戻りたい（帰りたい）」と言う「自然回帰志向」が強い人が増え、 その考え方に合わせた葬儀の方法。<br />具体的には、&lt;h2&gt;海洋葬、樹木葬、富士山の見えるお墓、山林散骨、海洋散骨&lt;/h2&gt;などがある。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;海洋葬、海洋散骨&lt;/h2&gt;<br />故人や遺族の希望に基づき、船やヘリコプター、飛行機などを用いて、海に散骨すること。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;樹木葬&lt;/h2&gt;<br />墓石の代わりに、樹木を墓標にして、直接土中に遺骨を埋葬する方法。<br />一般的には、お寺等の墓地認定された山林に納骨する。</p>
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    <title>(第108話)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市などで活躍する吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」</title>
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    <published>2009-01-07T14:57:05Z</published>
    <updated>2009-01-07T16:00:27Z</updated>

    <summary><![CDATA[&nbsp; (第108話)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市...]]></summary>
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        <![CDATA[<p>&nbsp;</p>
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<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="283" alt="jyusyoku_kaku.jpg" src="http://www.kitijyouji.jp/mt/jyusyoku_kaku.jpg" width="199" /></span>(第108話)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市などで活躍する吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>静岡市・吉祥寺(</strong></font><a href="http://www.kitijyouji.jp/"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>http://www.kitijyouji.jp/</strong></font></a><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>)</strong></font>の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。<br />富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、<br />身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。<br />[Assist by 　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a>　]</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>＜第108話＞</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>◎お墓（墓地）と分骨／位牌など<br />C 分骨や位牌／仏壇など　7　納骨はいつ？</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>何時のころからか<br />葬儀が済んだら<br />その日に納骨をすることが<br />当たり前になっていますが、<br />これは<br />土葬という遺体の埋葬方法が<br />火葬に切り替わっても、<br />そのまま<br />受け継がれた習慣がもたらしたものでしょう。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>これも<br />「墓地があって、しかも自宅の近く」<br />--という条件が当たり前だった時には有効でした。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>しかし<br />社会の変化と共に<br />これだけでは物理的に<br />不可能になってきています。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>墓地の時にも書きましたが、<br />墓を建てることは<br />なかなか難しいものがあるのですね。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>そこで 静岡 吉祥寺 では</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>※仏事はあわてちゃいけません！<br />私たちからじっくり情報を聞いてください</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>※少なくても49日の忌明けまでは<br />自宅でしっかりとお祭りしお声をかけてやってください</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>※一周忌まではご自宅にお祭りしておいて<br />なんら差し支えないですよ</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>--とお伝えしています。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>ご親戚始め周りの方は<br />大変 親切 にお世話を焼いてくれますが、<br />お金の世話までは<br />決してしてくれるものではありません。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>心身共に<br />ショックの大きい遺族にたいしては<br />矢継ぎ早に<br />「ああした方が、こうした方が・・・」<br />ということは控え、<br />聞かれぬ限りそっと見守ってやって欲しいものです。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>あわてると<br />取り返しが付かないのが<br />仏事一般でして、<br />先にも書いていますが、<br />特に<br />寺院の墓地を取得して<br />檀家になれば<br />もうそれで身動き<br />できなくなってしまいます。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>また<br />『自宅に祭っておくと良くないことが・・・』<br />と世話を焼く人がいますが、<br />これも全く根拠はありません！</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>しいて言うならば、<br />身近に遺影やお骨を置くことによって<br />気持ちが引っ張られすぎて<br />日常に戻れない人にとっては、<br />長く祭ることはマイナスですが、<br />その時には<br />きちっと対処すればいいことですね・・・。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p>＜法要の流れの理解に役立つ仏事用語集＞</p>
<p>&lt;h2&gt;初七日(しょなのか)&lt;/h2&gt;<br />ご死亡後７日目にあたる日に行う法要です。<br />&nbsp;中陰の期間（四十九日）の間は、七日ごとに集まり、 &lt;h2&gt;初七日(しょなのか)、二七日(ふたなのか)、<br />三七日(みなのか)、四七日(よなのか)、 五七日(いつなのか)、六七日(むなのか)、七七日(なななのか)&lt;/h2&gt;]の順に法要します。<br />僧侶に読経してもらい、招いた人に焼香していただき、茶菓や精進料理などで接待します。<br />近ごろは、省略して、告別式のお経に引き続いて初七日のお経をあげるケースが増えているようです。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;四十九日(しじゅうくにち)＝七七日(なななのか)&lt;/h2&gt;<br />法要の中でも四十九日の法要は、とりわけ重要です。その理由は、故人の行き先が決定する大切な日だからです。<br />この期間に十分な供養・法要を行なえば、故人は成仏でき、極楽浄土で幸福な余生をおくれると考えられています。<br />そのため、四十九日には、家族や親族のほか、故人と縁の深かった方々を招いて法要を営みます＞<br />四十九日までが忌中(きちゅう)。忌中期間は結婚式などお祝いごとや神社への参拝などは控えるようにします。<br />喪(も)に服していた遺族は日常生活にもどれまる忌明(きあ)けとなります。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;本位牌(ほんいはい)&lt;/h2&gt;<br />白木の位牌(いはい)は仮のものなので、四十九日の法要の時に菩提寺(ぼだいじ)に納めます。<br />そのため、戒名(かいみょう)の文字を入れた本位牌は四十九日までに用意する必要があります。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;納骨(のうこつ)&lt;/h2&gt;<br />四十九日の法要と合わせて納骨を行う場合が多いようです。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;初盆・新盆(はつぼん、にいぼん、しんぼん)&lt;/h2&gt;<br />四十九日の法要後、初めて迎えるお盆の事です。<br />新盆は故人の霊が初めて帰って来るので、家族や親戚、故人と親しかった方々を招き、 普段のお盆より丁寧に供養を営みます＞</p>
<p><br />&lt;h2&gt;年忌法要(ねんきほうよう)&lt;/h2&gt;<br />亡くなった翌年の命日を一周忌といい、法要を営みます。<br />その後は、<br />&lt;h2&gt;三回忌（満2年目。死去した年も入れて数える）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;七回忌（満8年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;十三回忌（満14年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;十七回忌（満18年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;二十三回忌（満24年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;二十七回忌（満28年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;三十三回忌（満34年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;五十回忌（満51年目）&lt;/h2&gt;、<br />の法要を営みます。<br />最近は命日ではなく、出席しやすい土・日曜日に行うことが多くなっています。<br />その際は、命日より前に行うのが通例ですので注意が必要です。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;散骨&lt;/h2&gt;<br />焼骨をそのままの状態でまくのではなく、細かく砕粉して、散きます。<br />散骨に当たっては、「墓地埋葬に関する法律」や「遺骨遺棄罪に反しない程度」に節度を持って 適法に行うことが必要です。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;自然葬&lt;/h2&gt;<br />「自然に戻りたい（帰りたい）」と言う「自然回帰志向」が強い人が増え、 その考え方に合わせた葬儀の方法。<br />具体的には、&lt;h2&gt;海洋葬、樹木葬、富士山の見えるお墓、山林散骨、海洋散骨&lt;/h2&gt;などがある。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;海洋葬、海洋散骨&lt;/h2&gt;<br />故人や遺族の希望に基づき、船やヘリコプター、飛行機などを用いて、海に散骨すること。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;樹木葬&lt;/h2&gt;<br />墓石の代わりに、樹木を墓標にして、直接土中に遺骨を埋葬する方法。<br />一般的には、お寺等の墓地認定された山林に納骨する。</p>
<p><br />※Assist by 　株式会社　日本情報処理　＆　池谷和久税理士事務所　URL　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a><br /></p>]]>
        
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    <title>(第107話)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市などで活躍する吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」</title>
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    <published>2009-01-06T14:55:17Z</published>
    <updated>2009-01-07T15:47:01Z</updated>

    <summary><![CDATA[&nbsp; (第107話)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市...]]></summary>
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        <![CDATA[<p>&nbsp;</p>
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<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="283" alt="jyusyoku_kaku.jpg" src="http://www.kitijyouji.jp/mt/jyusyoku_kaku.jpg" width="199" /></span>(第107話)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市などで活躍する吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>静岡市・吉祥寺(</strong></font><a href="http://www.kitijyouji.jp/"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>http://www.kitijyouji.jp/</strong></font></a><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>)</strong></font>の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。<br />富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、<br />身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。<br />[Assist by 　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a>　]</p>
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<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>＜第107話＞</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>◎お墓（墓地）と分骨／位牌など<br />C 分骨や位牌／仏壇など　6　納骨の色々</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>これまで<br />自然葬～お墓・墓地～分骨収納位牌～仏壇<br />まで書いてきましたが、<br />納骨には他にも選択肢がございます。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>いわゆる<br />『永代供養』<br />というものです。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>しかし<br />従来の永代供養は印象が暗く、<br />何か引っかかる感じが否めませんでしたが、<br />その原因は<br />○お墓を建てられない人が利用する？<br />○経済的に大変な人が利用する？<br />○身寄りに無い人のためのもの？<br />○故人を粗末にするのでは？<br />---というような風潮が<br />根強くあった為だった<br />と想像されます。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>しかし、<br />このブログを読んでくださっていれば<br />そんなことは愚かしい考えだ<br />とご理解いただけるのですが、<br />原点や歴史や意義を<br />なかなか知る機会が無いのですから、<br />なんとなくの風潮に流れるのも<br />無理からぬことかもしれません。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>でも、<br />少なくとも<br />浄土宗や浄土真宗の方は<br />ご本山に<br />ほとんどの場合ご分骨を納めますし、<br />身延山にも<br />高野山にも<br />永平寺さんにも<br />分骨や本体を納める方は<br />結構いるのですから<br />どうぞご安心ください。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>さて、<br />今までの 永代供養 といえば<br />分骨であれ<br />本体全部であれ<br />納めたら二度と返却はされないし、<br />結構な金額でもありました。<br />（￥50万以上）</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>そこで<br />&nbsp;静岡 吉祥寺 では<br />全く発想を変えて<br />以下の選択肢を提案しています。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>※1:直ちに供養塔か百年樹へ納める方は<br />￥10万円（静岡市のサービスと同額）</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>※2:お寺そのものを 『お墓の替わり』 とし、<br />10年単位で使用する方法。<br />10年￥15万／20年￥25万／30年￥35万　です。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>出し入れは自由ですし、<br />複数霊の時の費用は<br />その都度対応しています。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>これに<br />分骨収納位牌を併用なされば<br />時間も距離も<br />消えてしまいますから安心ですね・・・。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>かような方法が選択できますと、<br />将来<br />お墓を建てることになっても対応できますし、<br />何よりも<br />精神的な後ろめたさのようなものが<br />一切なくなることが喜ばれるというわけです。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p>＜法要の流れの理解に役立つ仏事用語集＞</p>
<p>&lt;h2&gt;初七日(しょなのか)&lt;/h2&gt;<br />ご死亡後７日目にあたる日に行う法要です。<br />&nbsp;中陰の期間（四十九日）の間は、七日ごとに集まり、 &lt;h2&gt;初七日(しょなのか)、二七日(ふたなのか)、<br />三七日(みなのか)、四七日(よなのか)、 五七日(いつなのか)、六七日(むなのか)、七七日(なななのか)&lt;/h2&gt;]の順に法要します。<br />僧侶に読経してもらい、招いた人に焼香していただき、茶菓や精進料理などで接待します。<br />近ごろは、省略して、告別式のお経に引き続いて初七日のお経をあげるケースが増えているようです。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;四十九日(しじゅうくにち)＝七七日(なななのか)&lt;/h2&gt;<br />法要の中でも四十九日の法要は、とりわけ重要です。その理由は、故人の行き先が決定する大切な日だからです。<br />この期間に十分な供養・法要を行なえば、故人は成仏でき、極楽浄土で幸福な余生をおくれると考えられています。<br />そのため、四十九日には、家族や親族のほか、故人と縁の深かった方々を招いて法要を営みます＞<br />四十九日までが忌中(きちゅう)。忌中期間は結婚式などお祝いごとや神社への参拝などは控えるようにします。<br />喪(も)に服していた遺族は日常生活にもどれまる忌明(きあ)けとなります。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;本位牌(ほんいはい)&lt;/h2&gt;<br />白木の位牌(いはい)は仮のものなので、四十九日の法要の時に菩提寺(ぼだいじ)に納めます。<br />そのため、戒名(かいみょう)の文字を入れた本位牌は四十九日までに用意する必要があります。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;納骨(のうこつ)&lt;/h2&gt;<br />四十九日の法要と合わせて納骨を行う場合が多いようです。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;初盆・新盆(はつぼん、にいぼん、しんぼん)&lt;/h2&gt;<br />四十九日の法要後、初めて迎えるお盆の事です。<br />新盆は故人の霊が初めて帰って来るので、家族や親戚、故人と親しかった方々を招き、 普段のお盆より丁寧に供養を営みます＞</p>
<p><br />&lt;h2&gt;年忌法要(ねんきほうよう)&lt;/h2&gt;<br />亡くなった翌年の命日を一周忌といい、法要を営みます。<br />その後は、<br />&lt;h2&gt;三回忌（満2年目。死去した年も入れて数える）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;七回忌（満8年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;十三回忌（満14年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;十七回忌（満18年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;二十三回忌（満24年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;二十七回忌（満28年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;三十三回忌（満34年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;五十回忌（満51年目）&lt;/h2&gt;、<br />の法要を営みます。<br />最近は命日ではなく、出席しやすい土・日曜日に行うことが多くなっています。<br />その際は、命日より前に行うのが通例ですので注意が必要です。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;散骨&lt;/h2&gt;<br />焼骨をそのままの状態でまくのではなく、細かく砕粉して、散きます。<br />散骨に当たっては、「墓地埋葬に関する法律」や「遺骨遺棄罪に反しない程度」に節度を持って 適法に行うことが必要です。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;自然葬&lt;/h2&gt;<br />「自然に戻りたい（帰りたい）」と言う「自然回帰志向」が強い人が増え、 その考え方に合わせた葬儀の方法。<br />具体的には、&lt;h2&gt;海洋葬、樹木葬、富士山の見えるお墓、山林散骨、海洋散骨&lt;/h2&gt;などがある。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;海洋葬、海洋散骨&lt;/h2&gt;<br />故人や遺族の希望に基づき、船やヘリコプター、飛行機などを用いて、海に散骨すること。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;樹木葬&lt;/h2&gt;<br />墓石の代わりに、樹木を墓標にして、直接土中に遺骨を埋葬する方法。<br />一般的には、お寺等の墓地認定された山林に納骨する。</p>
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    <title>(第106話)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市などで活躍する吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」</title>
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    <published>2009-01-04T16:31:14Z</published>
    <updated>2009-01-04T16:33:29Z</updated>

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<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="DISPLAY: inline"><img class="mt-image-left" style="FLOAT: left; MARGIN: 0px 20px 20px 0px" height="283" alt="jyusyoku_kaku.jpg" src="http://www.kitijyouji.jp/mt/jyusyoku_kaku.jpg" width="199" /></span>(第106話)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市などで活躍する吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>静岡市・吉祥寺(</strong></font><a href="http://www.kitijyouji.jp/"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>http://www.kitijyouji.jp/</strong></font></a><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>)</strong></font>の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。<br />富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、<br />身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。<br />[Assist by 　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a>　]</p>
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<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>＜第106話＞</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong>◎お墓（墓地）と分骨／位牌など<br />C 分骨や位牌／仏壇など　5　注意！</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.95em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>さて、<br />墓石の変遷をみてきましたが、<br />仏壇に関しても<br />昔の厳密さは薄れてきています。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>何宗はこうだ！<br />とか<br />正面には必ずご本尊が無ければ！<br />という締め付けが弱まり、<br />先祖や大切な故人の位牌を祭るためのものに<br />変化し始めています。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>俗に<br />家具調仏壇や位牌<br />という流れです。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>住宅事情などを勘案すれば<br />お仏壇の昔からのカタチは<br />変化せざるを得ませんでしょうから、<br />分骨収納位牌や分骨の写真へのパッキングなどを含めて、<br />各ご事情に応じて<br />一番安心と納得のできる方法が<br />必要でしょう。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>そして<br />どんな方法でも<br />それが故人様の成仏に<br />差し支えるというようなことは<br />決してありませんので<br />どうかご安心ください。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>次に、<br />お墓を建てる時に時折あるようですが、<br />仲の良い兄弟が一緒にお金を出し合って<br />立派なものを建て、<br />兄弟の家族が仲良く使いましょう！<br />ということが行われる場合があります。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>しかし<br />これだけは<br />&nbsp;！だめ！ <br />&nbsp;ですね・・・。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>今はいいのですが、<br />従弟の代になり<br />次にはとこの代になったら<br />えらいことになってしまいます。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>それに、<br />それぞれの家族が<br />お参りできるような場所に<br />住んでいるとも限りませんし、<br />ヒト同士のお付き合いですから<br />微妙な行き違いから<br />なにが起きるかわかりません・・・。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>お墓だけは<br />『一軒一基』<br />が大原則です。</strong></font></p>
<p><br /><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong>但し<br />共同使用がまずいだけですから、<br />子供達がご両親の供養の為に心から費用を出すよ、<br />ということで<br />そのお墓の守をする立場のどなたかを<br />援助なさる分には一向にかまいません。</strong></font></p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.56em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><br />＜法要の流れの理解に役立つ仏事用語集＞</p>
<p>&lt;h2&gt;初七日(しょなのか)&lt;/h2&gt;<br />ご死亡後７日目にあたる日に行う法要です。<br />&nbsp;中陰の期間（四十九日）の間は、七日ごとに集まり、 &lt;h2&gt;初七日(しょなのか)、二七日(ふたなのか)、<br />三七日(みなのか)、四七日(よなのか)、 五七日(いつなのか)、六七日(むなのか)、七七日(なななのか)&lt;/h2&gt;]の順に法要します。<br />僧侶に読経してもらい、招いた人に焼香していただき、茶菓や精進料理などで接待します。<br />近ごろは、省略して、告別式のお経に引き続いて初七日のお経をあげるケースが増えているようです。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;四十九日(しじゅうくにち)＝七七日(なななのか)&lt;/h2&gt;<br />法要の中でも四十九日の法要は、とりわけ重要です。その理由は、故人の行き先が決定する大切な日だからです。<br />この期間に十分な供養・法要を行なえば、故人は成仏でき、極楽浄土で幸福な余生をおくれると考えられています。<br />そのため、四十九日には、家族や親族のほか、故人と縁の深かった方々を招いて法要を営みます＞<br />四十九日までが忌中(きちゅう)。忌中期間は結婚式などお祝いごとや神社への参拝などは控えるようにします。<br />喪(も)に服していた遺族は日常生活にもどれまる忌明(きあ)けとなります。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;本位牌(ほんいはい)&lt;/h2&gt;<br />白木の位牌(いはい)は仮のものなので、四十九日の法要の時に菩提寺(ぼだいじ)に納めます。<br />そのため、戒名(かいみょう)の文字を入れた本位牌は四十九日までに用意する必要があります。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;納骨(のうこつ)&lt;/h2&gt;<br />四十九日の法要と合わせて納骨を行う場合が多いようです。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;初盆・新盆(はつぼん、にいぼん、しんぼん)&lt;/h2&gt;<br />四十九日の法要後、初めて迎えるお盆の事です。<br />新盆は故人の霊が初めて帰って来るので、家族や親戚、故人と親しかった方々を招き、 普段のお盆より丁寧に供養を営みます＞</p>
<p><br />&lt;h2&gt;年忌法要(ねんきほうよう)&lt;/h2&gt;<br />亡くなった翌年の命日を一周忌といい、法要を営みます。<br />その後は、<br />&lt;h2&gt;三回忌（満2年目。死去した年も入れて数える）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;七回忌（満8年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;十三回忌（満14年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;十七回忌（満18年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;二十三回忌（満24年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;二十七回忌（満28年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;三十三回忌（満34年目）&lt;/h2&gt;、<br />&lt;h2&gt;五十回忌（満51年目）&lt;/h2&gt;、<br />の法要を営みます。<br />最近は命日ではなく、出席しやすい土・日曜日に行うことが多くなっています。<br />その際は、命日より前に行うのが通例ですので注意が必要です。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;散骨&lt;/h2&gt;<br />焼骨をそのままの状態でまくのではなく、細かく砕粉して、散きます。<br />散骨に当たっては、「墓地埋葬に関する法律」や「遺骨遺棄罪に反しない程度」に節度を持って 適法に行うことが必要です。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;自然葬&lt;/h2&gt;<br />「自然に戻りたい（帰りたい）」と言う「自然回帰志向」が強い人が増え、 その考え方に合わせた葬儀の方法。<br />具体的には、&lt;h2&gt;海洋葬、樹木葬、富士山の見えるお墓、山林散骨、海洋散骨&lt;/h2&gt;などがある。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;海洋葬、海洋散骨&lt;/h2&gt;<br />故人や遺族の希望に基づき、船やヘリコプター、飛行機などを用いて、海に散骨すること。</p>
<p><br />&lt;h2&gt;樹木葬&lt;/h2&gt;<br />墓石の代わりに、樹木を墓標にして、直接土中に遺骨を埋葬する方法。<br />一般的には、お寺等の墓地認定された山林に納骨する。</p>
<p><br />※Assist by 　株式会社　日本情報処理　＆　池谷和久税理士事務所　URL　<a href="http://www.money.gr.jp/">http://www.money.gr.jp/</a>　<a href="http://zei.aoi-ku.com/">http://zei.aoi-ku.com/</a><br /></p>]]>
        
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