静岡市・吉祥寺の中野住職が語る「葬式、法要(初七日、四十九日、初盆、新盆)、供養、納骨、お墓、一周忌、三回忌などの仏事のこぼれ100話」でタグ「年忌」が付けられているもの

 

jyusyoku_kaku.jpg(まとめ01)静岡市,葵区,駿河区,清水区,藤枝市,焼津市,島田市などで活躍する吉祥寺の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」

静岡市吉祥寺(http://www.kitijyouji.jp/)の中野住職が語る「仏事のこぼれ100話」です。
富士山の見えるお墓,樹木葬,海洋葬,葬式,守り本尊,戒名,法要,初七日,四十九日,初盆,新盆,供養,納骨,お墓,一周忌,三回忌など、
身近な仏事から役立つこぼれ話を選んでみました。
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1法事や年忌のこと

 

1-NO1-1 

法事や年忌のこと 一 数え年
 なんと申しましても一番身近な仏事は法事や年忌ですのでそのことを書いてみましょう。
ご存知のように仏事の供養は 数え(かぞえ) で行われます。具体的には、H20に亡くなれば翌年H21が1周忌でH22が3回忌となります。満2年目が かぞえ の3年目となるわけです。
何時ごろからこうなったのかは定かではないですが、太陽暦や満年齢での数え方の定着が明治以降のことを考えますと、日本人には かぞえ がずーっと長いこと普通であって、それが自然に仏事供養に流れ込んだと思えます。 というよりも、仏教的には 『お母さんのおなかに1年宿っているから・・・』 と言われていますから、
日本人の 数え年 の習慣がちょうど仏教的見方に重なった為、ということでしょうか・・・。 
ところで法事や年忌を勤めるとき問題になるのが 『その範囲まで声をかけるか?』 ということです。 うるさい親戚がいるとチョっとの一言でこじれることもありますから神経を使います。しかし言い方一つでうまくまとめられます。 ☆ここで年忌法事の魔法の言葉を内緒でお教え申しましょう☆☆こうです・・・
 『今回はごく内輪でお勤めさせていただきますが、?回忌の時には是非お焼香いただければ・・と存じます』
と事前に根回しをなされば、うるさいご親戚にも受け入れられること確実です!!

 

1-NO2-2 

法事や年忌のこと ニ 日取りの選定
 お盆のことを書いた時にも、7月盆や一日盆・8月盆もやはり『生き仏』の都合ですよ、と申しましたが年忌や法事の日取りもそうなのです。 理想的には祥月命日(しょうつきめいにち 立ち日)という、故人が亡くなったその月その日に勤めるのがベストでしょう。
しかし、日常生活は 仕事 に縛られますから、ピタリと祥月命日に勤められるはずがありません。従って 『粗末にしたり軽んじたりした』 と感じられないように、早め々の土曜日曜などを利用して決められるというわけです。立ち日より遅れると気が悪いという感覚ですね・・・。 因みに亡くなって一番最初に勤めるのが 49日or忌明けor大練忌 といわれるものですが、大体35日前後に勤めることが多いようです。
またこの時は葬儀が終わったばかりなので、関係者の往来も大変ですし、葬家自身も疲れの出る頃なので、ごく内々で勤められることも増えていますネ。

 

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法事や年忌のこと 三 享年や行年
 享年(きょうねん)や行年(ぎょうねん)と言いますが、これは満年齢ではなく かぞえ です。
享は うける ですから 享年は『天から授かった年月』ということですし、行年は 娑婆(しゃば)で過ごした年月を表し、共に かぞえ が前提です。 つまり12月31日に生まれればその時に 1歳、翌日の1月1日で2歳ということになりますし、元旦に生まれればその時1歳で翌年の元旦で2歳となります。
ところが、満年齢表記が定着した今日は、仏事の世界でも変化をもたらしていまして、白木の位牌にも 享年(行年)○○歳 と書いても、喪主が満年齢を強く希望なされれば「満年齢」を書くようになってきました。 特に40台とか50や60台のご婦人では 『少しでも若くいて欲しい』 というような感情でしょうか?満年齢表記になりやすいようです。  また不幸にも生まれてすぐとか、1年未満で旅立ってしまう場合も「天寿とはとても言えないヨ」ということで、『享年 当歳』 と書くこともあります。 享年や行年という本来の意味はそれとして
コトバの宿命でしょうね、変化を止めるわけには参りません・・・・・・・・。

 

1-NO4-4 

法事や年忌のこと 四 何回忌まで?
 皆さん、仏事の供養を丁寧に勤めたらどれほどの回数になると想像されますか?
葬儀終了後より片端からあげていきますと、49日までの7回、 百か日/1周忌 /3回忌以下、7/13 /17/21/23/25/27/33/37/50 の20回にもなります。
その他、丁寧には毎月の命日に月参りといって、坊さんに自宅にお経に来てもらい、祥月命日には上記の忌日に当たっていなくても、普通の月より丁寧な供養を勤める地方もあります。これは大変ですよ・・! まず無理ですね。 平均的には、49日(忌明け)/1周忌/3回忌まで勤められることが多く、後は適宜7 13 17 33の4回くらいが多いようです。
また1-NO1でも書きました「魔法の言葉」じゃありませんが、49日の忌明けは家族だけ、というのも増えていますし、1周忌と3回忌のどちらかを丁寧に勤め、片方は家族だけで供養することも多くなっています。
丁寧に越したことは無いのでしょうが、供養の世界はキリがありません。 上手に無理のない範囲で考えたいものですね。

 

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法事や年忌のこと 五 塔婆や弔い上げ A 源は?
 現在多く見られる墓地に建つ板の塔婆(トーバ)の源はインドの<ストゥーパ>を音写した、卒塔婆(ソトウバ)に始まります。ストゥーパ はお釈迦さんの遺骨を祭った仏舎利塔のことですが、亡くなられてから8カ国に分骨されてそれぞれ丁重に仏舎利塔を建立し供養が為されたと言われています。
それから中国の仏塔に伝わり、日本の五重塔や五輪の塔に引き継がれ、現在の板塔婆に落ち着いたのです。 今日目にする板の塔婆の頭にギザ 々 がありますが、あれこそ 五輪塔 を縦に薄切りにした名残なのですね。 その他、石の板トウバや鉄製の板トウバもあるそうですが、私は残念ながらまだ実際には見ていません・・・・。
 つまり、塔婆は 『お釈迦さんの遺骨を祭った仏舎利塔』 が五輪塔に集約変化し、象徴され、その力に『守られ・包まれて安住する』というイメージから普及したものと思われます。

 

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法事や年忌のこと 六 塔婆や弔い上げ B 建てなければいけないの?
 いつも 供養にカタチはないですよ! と申し上げていますが塔婆も同じです。
建てる建てないは地域によってそれはマチ々なんですね。東京圏ですと、どういうわけか6尺という(約180㎝)長い塔婆を年忌に参列した人全員が一人1本ずつ建てさせられますから壮観です!
確か江戸末期から明治期の話だったと思いますが、墓地に一杯になった塔婆の処理に困り、もったいないからといって、垣根にしていたといいますから驚きますが、同じ 勿体ない でもチョっとちがうでしょう!と申したいところじゃないですか?
私のいる静岡は余りうるさくないようでして、墓地にも「塔婆建て」というアイテムを装備している墓所と無いところが混在してますね。 私たち坊さんは 『故人様へのお手紙ですから・・・』 と誠にうまいことをいいますが、届いたかどうかは言っている本人だって見てきたわけじゃないのですから、怪しいもんですよね。 マ、しかし方便とも言いますし、年忌供養のメモリーとして目にも留まり確認もしやすいし、気分も清々しますから、参列者全員はともかく、坊さんに言われて仕方なく塔婆を上げるのではなく、記念に1本はいいかもしれません・・・・・・?

 

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法事や年忌のこと 七 塔婆や弔い上げ C 白木の位牌など
 順序がちょっと遅れましたが、葬儀の時に短い白木の塔婆が7枚あるのをお気づきの方も多いと思います。これもサイズが違うだけで今まで書いてきました塔婆と一緒のものです。
なぜ7枚もあるの?と聞かれますが、49日の忌明けまで七日ごとの節目に、この塔婆を1本ずつ持って墓参りをする為のものなんです。 じゃあ、お墓がまだ無い人はどうするの?となりますが、ここに二つの見方があります。 一つは 『あっても無くても関係ない!七日ごとに家でお参りすればいい』 というもの。
もう一つは 『煩雑になるし、迷う元だから用いない』 というものです。 葬儀の時に、2本用意する白木の位牌もそうですが、みんな『土葬』時代の名残なんです。土葬の時は白木位牌も塔婆も野ざらしであり、自然に朽ち果て土に還っていました。 しかし、火葬が99%以上の今日ではそのまま墓地には置いてはおけませんから、最後は焼却します。 そんなことを考えますと私は時代に合わせ、資源やエコを含め白木の位牌が1本あればよいと考えていますがいかがでしょう・・・・。

 

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法事や年忌のこと 八 塔婆や弔い上げ D 榊(さかき)の塔婆と弔いあげ
1-NO4で書きましたが、昨今は33回忌が最終年忌法要と受け取られてきています。しかし昔ながらに 37回忌をやり最後の50回忌に 『神あがり』 といって、山から切ってきた『榊』の皮をむいてそこに戒名を書いて供養することが行われる地方があります。
つまり、50年経って故人は古きご先祖と一緒の 神さん になったというのです!!平たく解説すれば、50年の間は仏事で懇ろ(ねんごろ)に供養して み霊 を鎮めます。そして安らかに清められて祖霊の仲間になれたということです。 なんと、仏事と神さんが合体してしまうのです・・・。
ご承知のように 榊 は神さん専用ですし、仏事には 樒(しきみ)が通常ですが、あえて墓地に榊の塔婆を建てるのですから、初めて見る人には大きなカルチャーショックとなりかねません。 ところがどういうわけか、私たちの中には 仏事で供養して『鎮め・清める』という感覚があるんですねえ・・。
不思議なことですが、次にちょっと触れてみましょう。

 

1-NO9-9 

法事や年忌のこと 九 祖霊と仏事のこと
 50年目に榊の塔婆で神になる! という素朴な想いに垣間見られる心象風景は、当(まさ)に 日本人 を髣髴(ほうふつ)とさせるものがあります。
なにものでも おおらかに、しなやかに、したたかに 受け入れ融合してゆく柔軟さでしょうか・・・・。 同時に奥底に流れる 『私は自然の一部であり、授かったイノチなんだ』という感覚から導かれます、ご先祖と自分の関わりを、連綿とした繋がりとして感じ、ご先祖は浄化した み霊 であり子孫を見守る 氏神様 なんだ!という想いでありましょう。 四季の変化に身をゆだね、稲穂という主食を糧に培われた、日本という風土とは切っても切り離せない独特の自然観であります。
一方仏教での 世界と私 の捉え方をひと言で言いますと 『世界も自分も 縁 の集まりだ!』 となりますから、私たち日本人が昔から持つ 『自分たちは自然の一部であり、授かったイノチ』 という感覚と、ぴたりと重なります。 つまり私たちの中にある 氏神さんご先祖さん は、全く別の宗教の枠で厳格に区分されているのではなく、感じ方捉え方の根っこは同じということなのです。
こんなところにもこれだけ仏教が日本に根付き定着した原因が察せられるのではないでしょうか?

 

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法事や年忌のこと 十一 いろんな用語 A祥月(しょうつき)
 祥月命日といいますが、始めは『正月命日』かと思っていたこともありました。
仏事になぜ 『祥』 というような めでたい 意味の漢字が当てられているのか実に不思議なことですが、謂(いわ)れを尋ねると納得できます。そもそもこれは 儒教 の考え方だったのです!
儒教では死後13ヶ月が厳しい服喪期間で、更にもう一年、都合満2年目に完全な喪明けとなり、祭りごとが終了します。
従って衣食住に渡った節制がとれ自由な日常に戻れるのですから、めでたい 祥 なのですね。いってみれば精進潔斎や断食期間がやっと終わった!というほっとした状況です。でも微妙に日本とは違って、お国柄でしょうか、非常にさばさばした感じ方のように思いませんか?、
これがそのまま仏教伝来とあいまって融合し、祥月命日が定着したということなのです。むしろ日本人的には『故人との別れというキツイ出来事を無事乗り切って、1年過ごせた・・』という感謝の意味での『良かったね』という 祥 であろうと思っておりますが・・・・いかがでしょうか?
同様に 49日=大練忌 も 百か日=卒哭忌 も儒教の風習が取り込まれました。

 

1-NO11-11 

法事や年忌のこと 十二 いろんな用語 B大練忌 卒哭忌
 大練忌(だいれんき) は49日の忌明けのことです。訓読みすれば 大きく練(ね)る(ねられる) と読めますね。 ご遺族は亡くなった日から七七 49 まで一日として故人様を忘れる日は無いわけでして、その毎日の思いが大きく練り合わさった・・・・という意味や想いがこの字に込められていると思われます。
余談ですがこの49日の忌明けにお供えされるお餅は当に故人様への思いを「つき込める」という意味となります。そして法事後の精進落しの席で参列者にこのお持ちが配られることも行われます・・・・。
また、卒哭忌(そっこくき) は 百か日 のことです。地方によってまちまちですが、静岡市では余り勤めているという話は聞きません。 「人のうわさも七十五日」と言いますが、旅立って3ケ月の余(100日)経つわけですから、ようよう落ち着きを取り戻しつつある頃でしょうか・・・・? 訓読みの通り 慟哭することを卒業する 忌日の意味となります。 実によくできた呼び方です・・。 昔の先達方の 人の心の機微 と言いますか 人間観察 といいますか、すごいナアと感じますがいかがでしょう・・・?

 

1-NO12-12 

法事や年忌のこと 十三 いろんな用語 C 中有 
 中有(ちゅうう)又は中陰(ちゅいん)という考え方があります。 何かと言うと、亡くなった日から49日までの間の事でして「宙ぶらりんの状態だ」というイメージです。
この 中有 に関しては俗に 『故人は住みなれた家の棟にいるんだよ・・・』 とよく言われておりますが、マニュアルからの答えは 『死んでから次に生まれ変わるまで、懇ろに供養しないとよりよい生まれにつけないよ』 と言えると思います。つまり『六道輪廻』というインドで生まれた考え方に根ざしています。
戦後の教育に育った世代には受け入れがたい 迷信っぽい 見方になってしまいますが、頭から拒否してしまわずに、こういう表現に込められた日本人の想いや感性を大事にしておきたいと思うのです。
本当にそうなのかどうか!と無意味な答えの出ない コトバ遊び のような議論は置いておき、辛く悲痛な故人への想いを乗り越える為の表現の『アヤ』として捉え、同時に故人に対して『何かせずにはいられない!』という想いの発露だと受け取りたいと考えます。
人は弱いものです、何かのきっかけを・節目を作って乗り越えるしかないことを見ておきたいと思います。

 

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法事や年忌のこと 十四 いろんな用語 D 十三仏?
 皆様の中には葬儀の時から、仏さんがたくさん描かれている掛け軸をご覧になった方も多いと思います。
合計十三の仏菩薩でして、それぞれの仏さんの内訳は、49日までの七日ごとに一人ずつ計7仏、百か日、
1周忌 3回忌 7 13 33の各回忌に一人ずつ計6仏、合計十三仏となっています。
源流は中国の道教であり、その中の『十王信仰』というものだといわれています。 平たく言えば、生前の業績が十人の王によって裁かれるということのようです。 有名な 閻魔大王 は5回目の七日目(ちょうど35日目)に登場してきますが、10人の裁判官の中でたまたま一番有名になっているのが 閻魔さん という訳です。 そんなこんなで、長い年月を経て、江戸時代に各十人の大王それぞれに仏菩薩が仮託されて、10の仏ができ、更に3人の仏が増えて最終的に 十三仏 が完成したということのようです。
庶民のエネルギーなのか、宗教者の営業努力なのかはわかりませんが、恐らくその両方が響きあいキツイ世相を生き抜くための拠り所としていったのでしょうねえ・・・。

 

1-NO14-14

法事や年忌のこと 十五 まとめ
 さて1-NO1から書いてきました 法事や年忌の話 をまとめておきます。
前回の最後に『キツイ世相を生き抜くための拠り所としていった』と書きましたが、多くの庶民にとって重要なことは、難しい理論=教義とか、坊さんや檀那寺の格式などではなく、今のキツイ現実を乗り越えてゆく拠り所なのですが、これは平成の世でも原理的に全く差は無いと思えます。
これだけ科学が染み渡り電子レベルの情報が錯綜する今日でも、弱き心のグレーゾーンは一向に変化していません。むしろ価値観が多様化しすぎた反動として、逆に人は拠り所を見つけられなくなり、不安と心の隙間を埋めたくて、仲間を求めて『宗教的集団活動』に参加し始めております。 信仰という名の下に、狂気と紙一重を歩むように見えるのですが、いかがでしょう?
そんな中で、私はあえて申し上げたい。
△ 『お経を読まなくても、塔婆を立てなくても』 供養 はできます!
△ 『坊さんに言われたから仕方なくやる』 そんな 供養 はおよしなさい! と・・・・・。
皆さん 『お経を読むな!!塔婆を建てるな!!』 じゃないですよ。
それもこれも、みな一つの表現のアヤに過ぎないのですから・・・・・・・。 そうではなく、供養 も自らの生き方の一部として捉えていただき、『悔いなく、後ろ髪を引かれない』ような歩き方をなさって欲しいと思うのです。


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